生産性を上げるために日本は何をなすべきか――デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)【佐藤優の頂上対決】

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 日本の労働生産性は、欧米主要国にはもちろん、トルコやギリシャにも抜かれて、いまや世界34位という。人材評価や競争力の指標では世界5位以内なのに、なぜ生産性がこれほど低いのか。その問題の根幹にあるのは、日本企業の99%以上を占める中小企業だと伝説のアナリストは指摘する。

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佐藤 アトキンソンさんがオックスフォード大学で学ばれていたのはいつ頃ですか。

アトキンソン 1983年から87年ですね。

佐藤 私がイギリスにいた時と重なっています。1986年から1年間ですが、オックスフォードとロンドンの間にあるビーコンズフィールドのイギリス陸軍ロシア語学校に通っていました。

アトキンソン そうでしたか。

佐藤 当時、日本の外務省はロシア語の研修を、アメリカの国防総省語学学校か、イギリスの陸軍学校で行っていました。モスクワだと、ロシア語が身につかないんですよ。

アトキンソン それはどうしてですか。

佐藤 ソ連では外交官はすべてスパイだという認識でしたから、ロシア語が嫌になるよう仕向けられるのです。私は研修2年目にモスクワ大学に行きましたが、最初からディスカッションで、例えばイラン・コントラ疑惑とアメリカのダブルスタンダードといったテーマで議論させる。その次には、日本の被差別民問題とそれと戦う勢力について議論しなさい、とくる。他のメンバーは赤旗の記者やノルウェーの共産党員でしたから、私のような外交官は連日吊し上げられます。すると学校へ行きたくなくなる。

アトキンソン ああ、それは素晴らしいやり方ですね。

佐藤 イギリスの学校はとてもきちんとカリキュラムが組まれていて、午前8時から4時間が文法、午後は1時から4時までが会話で、その後に6時間くらいかかる宿題が連日出ました。徹底した詰め込み教育で、毎週1回小テストがあって、80点以下を2回取ると退学。そして1カ月半ごとに大きな試験もあり、これも80点以下だと退学になります。

アトキンソン たいへんでしたね。

佐藤 アトキンソンさんが日本語を学ばれたのは大学からですか。

アトキンソン そうです。日本学科は、昔なら外交官を養成するためのコースで、読む、書く、聞くはもとより、歴史、政治、経済も学びます。また古典、漢文、漢詩などもやりましたよ。

佐藤 モスクワ大学付属アジア・アフリカ言語学院の日本学科も、日本語の勉強は古文から始めます。だからロシアの外交官は『更級日記』を読んでいる。

アトキンソン 自分たちも『源氏物語』や『今昔物語集』は読みました。確かに語学は、古文からやったほうが早いかもしれないですね。欧州の言葉だったら、ラテン語と古代ギリシャ語を勉強すれば、どこの言葉もわりと簡単に話せるようになりますから。

佐藤 アトキンソンさんのすごいところは、日本の内在的論理を非常によく理解されていることで、ゴールドマン・サックス証券時代のレポートでは不良債権の実態を明らかにされ、観光立国のアイデアは政策に取り入れられました。そしてここ数年は、日本の生産性の低さを指摘し、具体的な解決策も示されています。

アトキンソン 6年ほど前に初めて日本の生産性が低いことを指摘したら、あらゆるところから攻撃されました。GDPは世界第3位ですが、当時の日本の生産性は第24位でした。経済大国という意識がありますから、侮辱だとか反日だとか、ボコボコにされましたね。

佐藤 日本の自尊心を刺激することになった。

アトキンソン けれどもいまは一般常識です。面白いのは、生産性の話をすれば攻撃してきた評論家が、アトキンソンさん、あなたは気がついていないかもしれませんが、実は日本は生産性が低いんですよ、と説教してきたりする。

佐藤 そういうことはよくありますよ(笑)。

アトキンソン 生産性という言葉自体、利益の大小とか、効率の良し悪しとか、おかしな説明をする人がいましたが、その定義は「1人当たりのGDP」です。いまは私が言い始めた時よりさらに悪くなって、第28位です。日本は労働参加率が高いのでまだその位置にありますが、GDPを労働者数で割った労働生産性で見ると、世界銀行の最新統計(2019年)では第34位です。

佐藤 先進国最低の水準ですね。

アトキンソン 前からイタリアやスペインには抜かれていて、最近はチェコやトルコ、ギリシャ、韓国にも追い抜かれています。衝撃的なのは、スロベニアが上にいることです。日本人にはスロベニアという国がどんな国かイメージできないでしょう。その知らない国にまで抜かれている。

佐藤 イタリアやスペインに抜かれたことだって、信じたくないでしょうね。日本人は彼らより勤勉に働いていると思っていますから。

アトキンソン 確かに日本は2016年の人材評価ランキングではOECD(経済協力開発機構)加盟国中第4位、2018年の国際競争力ランキングでは第5位です。技術力もあって人材も優れている、という評価です。しかし、現実の日本経済はこの30年、ほとんど成長していません。逆に賃金は下がっていますし、国家財政では借金ばかり増やしています。世界最悪の財政です。その根幹にあるのが、生産性の問題なのです。

佐藤 アトキンソンさんは昨年出された『国運の分岐点』の中で、「『生産性が上がるのを自然に待とう』などと呑気に構えている間に、巨大な災害が来てしまったら元も子もありません。いまよりもっと生産性が悪くなりますので、当然、国民生活にもさまざまな形で悪影響が出てきます」と書かれていました。まさにその通りになっています。

アトキンソン あれは首都直下地震や南海トラフ地震を念頭に書いたのですが、コロナも同じことですね。あらゆる手を打って労働生産性を上げなければならない時に、コロナが直撃した。コロナが長期化すると、この労働生産性の問題はさらに大きくなっていきます。

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