粉飾「JDI」が象徴する日本ハイテク産業「第3の敗戦」
日本の歴代政権が標榜してきた「ハイテク立国」の座が風前の灯となりつつある。
2000年代以降のいわゆる「第2の敗戦」で、日本のエレクトロニクスメーカーは家電やパソコンなど完成品市場で悉く存在感を喪失した。薄型パネル生産にヒト・モノ・カネを惜しみなく注ぎ込んだ韓国「サムスン電子」などに瞬く間にテレビ市場のシェアを奪われたのは記憶に新しいが、その「敗戦」後、電子部品や高機能部材などに活路を見出してきた日本の製造業が、ここにきて息切れしているのだ。経営者の間からは、「市場のダイナミズムから大きくズレた“国策”が産業界の新陳代謝を阻害している」との声が漏れてくる。
経産省「主導」の無残な結果
『日本経済新聞』が毎年行っている世界市場調査の2019年版(8月13日掲載)で、日本企業の凋落が一段と鮮明になった。
スマートフォン向けの中小型液晶パネルとリチウムイオン電池向け絶縁体で中国企業にシェア首位を奪われたほか、半導体DRAMや薄型テレビでは、韓国企業との差が拡大した。
ハイテク以外の製品やサービスを含めた全74品目について、トップシェアの企業を国別にみると、日本企業は前年の11品目から7品目へ大幅減となって韓国企業に並ばれ、25品目の米国企業や12品目の中国企業から引き離されている。
日本企業経営者の人材不足もさることながら、8年間に及んだ安倍政権とそれを支えた経済産業省が繰り出してきた産業政策が、ことごとく「的外れ」だったことが背景にある。
新型コロナウイルスの感染拡大で経済が大打撃を受けて以来、首相の安倍晋三(65)は「アベノミクス」という言葉をめっきり口にしなくなった。
8月28日の辞任表明でも明かしていたとおり、自らの体調問題もあって気力の衰えが側(はた)から見ても顕著になっていることも関係していたようだが、冒頭に紹介したハイテク分野における日本企業の衰退は、新型コロナとは無関係だ。
たとえば、今回の『日経』の調査で、中国の「京東方科技集団」(BOE)がトップシェアを奪った中小型液晶パネル市場における日本勢の後退は、安倍政権の“親衛隊”ともいえる経産省が主導してきた政策が無残な結果を生んでいることを如実に物語っている。
スマホ向けの部品供給などが中心の中小型液晶パネル市場では、2018年まで「ジャパンディスプレイ」(JDI)が4年連続でシェア首位に立っていた。2017年の順位をみると、「JDI」がシェア20%でトップに立ち、2位は韓国「LGディスプレイ」で14.4%、3位の「シャープ」が10.8%といった勢力図で、この時点までシェア上位に中国企業の影はなかった。
ところが2018年になると、2位に13.9%のシェアを握った「天馬微電子」、3位に12.2%の「BOE」といきなり中国企業2社が躍り出る一方、「JDI」は首位を維持したものの、シェアは16.3%に後退した。
「天馬微電子」は、2011年に「NEC」の子会社だった「NEC液晶テクノロジー」を買収したことで知られ、同社に所属していた日本人技術者から製造ノウハウを吸収した。
また「BOE」は、2017年12月に中国・安徽省で世界最大の液晶パネル工場を稼働させたのをはじめ、中国政府の補助金を受けながら毎年のように巨大工場の建設を進めた。
こうした結果、2019年になると「BOE」が15.9%と3.7ポイントシェアを上積みしてトップに立ち、15.3%の「JDI」は2位に後退しただけでなく、3位の「天馬微電子」が14.6%と背後に迫っている。
業界関係者の失笑
そもそも「JDI」は、「日本の総力を結集して国産技術を守る」という経産省の旗印の下に「日立製作所」、「東芝」、「ソニー」の液晶部門を統合し、2012年に発足した。
だが、「仏造って魂入れず」は旧通商産業省時代からの悪しき伝統とも言える。同省の息のかかった官民ファンド「産業革新機構」(2018年に改組し、ファンド機能は株式会社「INCJ」が引き継いだ)の傘下に入った「JDI」の体たらくは、拙稿(2019年8月5日『民間が尻拭い「経産省人脈」の成長戦略「破綻」に怨嗟の声』)で詳述したのでここでは繰り返さない。
ただ、経産省人脈が主導する経営で行き詰まった「JDI」は、2019年3月期連結決算で自己資本比率0.9%と債務超過寸前に陥り、頼みの官民ファンドからの“ミルク補給”も打ち切られた挙げ句、中国・台湾の投資会社や電子機器メーカーに金融支援を依頼した。
つまりは、「日本の総力を結集して」というお題目を捨て、恥も外聞もなく中・台勢にすがり付いたわけだが、同社の内情が明るみに出ると、一度は関心を示した中・台各社は次々に支援グループから離脱した。
「もはや日本企業から学ぶものはなく、傘下に入れる価値もなしと踏んだのだろう」
と、エレクトロニクス産業担当の証券アナリストは推測する。
結果、2014年3月の株式上場時に769円の初値をつけた「JDI」の株価は、2019年9月末に同社が1000億円超の債務超過に転落すると、50円台の半ばまで値を下げた。
それでも同社が破綻を免れてきたのは、「大型企業倒産の回避」を金科玉条としてきた安倍政権の意向があればこそ。大手メガバンクなどは新規の信用供与には応じなくとも、官邸と経産省を慮って融資の回収には動かなかった。“ゾンビ”のまま生き永らえさせたのである。
そしてモラトリアムが半年近く続いた後、2020年1月末になって独立系投資顧問「いちごアセットマネジメント」が1000億円規模の金融支援に応じることで合意に至り、その後に債務超過は解消した。
しかし、経営トップが説得力のある再建策を打ち出すこともなく、むしろ、「日本興業銀行」(現みずほ銀行)出身で2019年9月に「JDI」社長に就任した菊岡稔(57)は昨今、新型コロナの感染拡大に応じて「ヘルスケアへの参入を検討中」と俄かに新規事業構想を提案した。が、あまりに泥縄的なアイデアと受け止められ、業界関係者の間で失笑を買う始末だ。実際、51円という現在の株価(8月28日終値)が、同社に対する市場の冷ややかな視線を象徴している。
現社長の「粉飾」関与は
「JDI」が海外の支援グループからも株式市場からも見限られているのには、もう1つ、救いようのない理由がある。前代未聞の“粉飾スキャンダル”である(巷間「不適切会計処理問題」といった表現が使われているが、本稿では敢えて「粉飾」「不正会計」と呼ぶ)。
2019年11月26日、同社の元経理・管理統括部長が、経営陣の指示によって自身が過去に不正な会計処理を行っていたことをメールで「JDI」関係者に通知。この元部長は、5億7800万円の業務上横領の疑いで2018年12月末に懲戒解雇となっていた。
この横領疑惑の件が世間に公表されたのが2019年11月21日であり、元部長はその5日後に経営陣の関与を指摘する告発を行ったわけだ。
ただ、元部長は告発から4日後の11月30日に死去。自殺と言われている。
その後、「JDI」は社外委員のみで構成する第三者委員会で調査を行い、今年4月13日にその結果を報告した。調査報告書によると、100億円規模の在庫の架空計上や評価減の不正な回避、その他費用や損失の先送りなどが明らかになり、この結果を受け、「JDI」は2014年3月期から2020年3月期上半期(4〜9月期)まで6年半の決算を訂正した。
同報告書は、
「不適切会計処理の多くは元経理・管理統括部長によって主導され、一部は当時の最高財務責任者(CFO)らの指示による」
と指摘したが、
「現経営陣の関与は認められない」
とした。
ところが、報告書を丹念に読むと、本文では匿名になっているものの、歴代の最高経営責任者(CEO)やCFOらが不適切な会計処理を指示または承認していたと読めるくだりが次々に出てくる。
「これら(営業外利益の営業利益への振り替えなど)の提案はJ氏からB氏に伝えられ、B氏からも前向きに進めるよう伝えられるとともに、提案したA氏らに対し賛辞が伝えられた」(筆者注:A氏は元経理・管理統括部長、B氏は2012年12月当時のCEO、J氏は同CFO)
こんな具合である。
さらに同報告書は、粉飾が起きた背景として、「JDI」の歴代CEOやCFOが経理や制度会計の実務に精通していなかったことに加え、「JDIの骨格を作り上げた」筆頭株主の「INCJ」(実体は経産省)がCEOを含めた取締役から社外取締役までを招聘し、財務の重要事項や役員報酬など経営の中枢を担っていたことを指摘。「INCJ」が実現の難しい目標値(特に営業利益)の達成を経営陣や幹部らに求めたことで、
「JDIの自主性が阻害され、ガバナンス体制に歪みが見られる面があった」
と批判している。
本来なら、この「JDI」粉飾スキャンダルは大きな問題となるはずだが、報告書が公表されたのは、新型コロナ感染拡大に対して政府が緊急事態宣言を発令してから6日後。新聞・テレビの報道はコロナ一色で、公的資金を使ったファンドが運営する「国策会社」の不祥事は、他の多くの経済ニュースの中に埋もれてしまった。
「JDI」は社長の菊岡がネットでの記者会見を開き、
「多大なご迷惑を掛けたことを深くお詫びします」
と謝罪したが、実は菊岡自身が2017年7月の経理財務本部副本部長就任以来、財務統括部長、財務・IR統括部長などを歴任した経理畑の幹部であり、2019年5月からCFOを務めてもいた。記者会見で粉飾への責任を問われた菊岡は、
「経理と財務ではリポートラインが異なっていた」
などと苦しい釈明に終始した。
ゾンビ企業を蔓延らせるだけ
8月26日、「JDI」の定時株主総会が2カ月遅れで開催された。
延期の理由を同社はフィリピンなど海外子会社の集計が遅れるためとしていたが、同社をはるかに上回る数の海外拠点を持つ企業でこれほど株主総会が遅れた例は聞かない。
総会の冒頭、登壇した役員7人が起立し、不正会計について謝罪した。
今年3月から「JDI」会長を兼務する「いちごアセットマネジメント」社長のスコット・キャロン(55)は今後2年で黒字化すると大見得を切ったが、同社の主力製品であるスマートフォン向けの部材が液晶から有機ELへシフトしていくのは確実で、先行きを悲観される材料には事欠かない。
「国策液晶メーカー」の夢が破れた「JDI」に対して経産省幹部はもはや関心を示さず、昨今は「ホンダ、日産の統合など自動車業界の再編にご執心」(財界首脳)という。
机上の業界再編で経営不振企業を救済しても、1+1は2とならず、ゾンビ企業を蔓延らせるだけで、それが却って健全な企業の競争力を蝕んでいく。産業政策のベクトルを変えなければ、日本からハイテク企業が消えていく「第3の敗戦」が避けられない。(敬称略)