コロナ禍から社会を取り戻す二つの視点――小宮山 宏(三菱総合研究所理事長)【佐藤優の頂上対決】

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一斉休校は失敗

小宮山 欧米では対応がうまくいかず、それがいま南米に飛び火しています。日本で死者が少ないのは、民度ではなくて、やはり衛生観念ですよ。家に帰ったら手を洗ってうがいをしろと小さな頃から言われてきましたし、トイレに行ったら手を洗うのは当たり前です。世界でもまれな清潔好きです。そしてハグもしなければキスもしない。

佐藤 少なくとも人前ではしない。

小宮山 そうした生活習慣がものすごく感染に影響している。国がやっている対策は、ほとんどデタラメですよ。一斉休校なんてほとんど効果がない。あれがどれだけ社会にマイナスの影響を及ぼしたことか。

佐藤 しかし安倍政権は成功したと思っていますよ。

小宮山 そうなの? 失敗でしょう。学校対策で言えば、学ぶべきは台湾ですよ。台湾は新学期の始業を2週間遅らせました。その間に、開校後のルールを決めて、先生を教育したり、消毒薬を配ったりして準備しています。生徒1人が罹ったらそのクラスは休校、2人目が出たら学校閉鎖というルールですが、結局、いままでに高等学校が一つ閉鎖しただけです。

佐藤 子供があまり罹らないのは、比較的早くからわかっていたことでした。

小宮山 だから行政が科学に弱すぎるんですよ。

佐藤 そうです。別の選択もできた。

小宮山 3月から5月、日本では感染爆発しそうな勢いで感染者が増えて、しかし収まりましたね。いつ感染したかというデータから、どのポイントで感染者が減ったかを見ると、一斉休校は効いていません。では、どこかと言えば、オリンピック延期を決めた3月24日と志村けんさんが亡くなった3月29日あたりです。

佐藤 志村けんさんの死で、いっきにコロナが身近になった感じがありました。

小宮山 いまも移動自粛など、協力しろ、協力しろと言っていますが、ほとんどの国民は協力しています。ただ協力していない人が少しいるのは確かで、それはホストクラブなどでしょう。それと院内感染。そこを重点的にやればいいのであって、他の人が普通に働き始められる環境はできていると思います。それなのにうまくいかないのは、平成が「失われた30年」になってしまったことと共通の原因がある気がしますね。

佐藤 それはどういうことですか。

小宮山 よく日本は「課題先進国」と言うでしょう。実は、その言葉は私の造語なんです。『「課題先進国」日本』という著書のタイトルにしました。高齢化や少子化、地方衰退など、いま抱えている問題は、世界に先駆ける形で日本が直面しているものです。これを解決している国はない。だから欧米をモデルに日本を作った『坂の上の雲』のようなわけにはいかない。自分たちでこの問題を解決する必要があるということで、それはコロナも同じです。

佐藤 いつから課題先進国という言葉を使われていたのですか。

小宮山 2002年頃ですね。小泉内閣から、日本の再興策を作ってくれと依頼されたのです。そこで東大工学部を中心に、理学、医学、薬学、農学など理科系学識者を集め、さらには経済学者や一般企業の人も加えて、日本は自分たちの課題を解決していくだけの力も材料もある、という内容のレポートを作りました。それは『動け!日本』という本にもなっています。その議論で課題先進国という言葉を使ったんです。でも、日本は動かなかった。結局、平成の間に「課題解決先進国」にはなれませんでしたね。

佐藤 その根本原因はどこにあるとお考えですか。

小宮山 現象論的には、規制だと思います。それによって守られている既存の勢力が非常に堅固なんですね。例えば、電力や医療です。

佐藤 長らく規制緩和と言ってきても、ほとんど変わりませんからね。

小宮山 1月に亡くなったハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』という本を出しています。彼が言うのは、結局大きな会社は衰退する、なぜなら新しいビジネスを社内でやろうとすると、本流のセクションが潰してしまうから、という話で、このイノベーションのジレンマが日本中で起きている気がする。

佐藤 私はそうした平成の状況には、既視感があります。ソ連の末期です。ソ連崩壊は、共産主義イデオロギーの問題もあるし、情報革命についていけなかったということもありますが、パターナリズム(父権主義)という要因も大きいと思うんですね。

小宮山 それは面白いですね。

佐藤 ソ連共産党中央委員会は絶大な権力がありましたが、責任はとらなかった。それで国民は働いているフリをして、国家は賃金を払うフリをしていたのがソ連です。エリートたちはみな改革が必要だと思っていましたが、他の誰かが何とかやってくれると思っていた。それは、家の中で父親にいろいろ文句は言っても、最終的には父親がどうにかしてくれると考えている家族と同じで、まるで責任感が欠如している。

小宮山 日本もコロナ対策を厚生労働省がちゃんとやってくれると思っている。葵の御紋に頼りきっているわけだ。

佐藤 そこが二重写しに見えますね。

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