コロナ禍から社会を取り戻す二つの視点――小宮山 宏(三菱総合研究所理事長)【佐藤優の頂上対決】

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 コロナの感染が再び拡大したことで、社会はいっそう混迷の度合いを深めている。ウイルスの実態から公衆衛生、生活様式、経済活動など、専門家たちはそれぞれの立場から知見を披露する。しかしながら、すべの提言が同時に成り立つわけではない。いま私たちは専門家にどう向き合えばいいのか。

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佐藤 小宮山理事長は第28代の東京大学総長でしたが、私は外務省時代、当時の文部省から兼任発令を受けて、東大駒場の教養学部で教えていたことがあります。

小宮山 いつ頃ですか。

佐藤 1996年から2002年です。逮捕されるまで「ユーラシア地域変動論」を担当していました。

小宮山 私が工学部長だった頃ですね。佐藤さんは、もともと同志社大学で神学を学ばれたのでしたね。

佐藤 はい。いまその母校の神学部の大学院で教えているのですが、6月末のリモート演習では、6月26日に朝日新聞デジタルに掲載された小宮山理事長の記事を題材にさせていただきました。

小宮山 そうでしたか。コロナについてのインタビューですね。

佐藤 コロナ以前の社会に戻るには、「新型コロナウイルスに関する情報から、重要なものを選び出して配置する『知の構造化』」が必要という部分について、『大衆の反逆』でオルテガ・イ・ガセットが展開している専門家の機能という論点と合わせて考える演習でした。

小宮山 オルテガですか。

佐藤 ええ。オルテガは誤読されていたところがあります。これまで大衆批判の文脈で捉えられてきましたが、実はエリートとされる専門家に対し、非専門の分野に関してはみなさんも大衆の一員だから、そこを自覚しないと大衆的な判断をしてしまいますよと、警告しているんです。

小宮山 なるほど、趣旨は同じですね。今回、コロナでいろいろな専門家が出てきましたが、彼らの話を鵜呑みにするのではなく、どういう前提でその分野が成り立っているのか、そこを押さえておくことが重要で、専門家が全体像を把握しているとは期待しない方が安全です。

佐藤 19世紀初めのベルリンにシュライエルマッハーという神学者がいました。その頃、プロイセンはナポレオン軍のベルリン入城を許した後で、大学をフランス流のポリテクニーク(高等専門学校)に改組する動きが出ていた。軍事、工学、法学などの学部をすべてポリテクニークに、つまりはそれぞれ専門学校化しようとしたんです。

小宮山 知をバラバラにしようとしたわけですね。

佐藤 シュライエルマッハーはそれに反対します。これだけ学問が細分化してくると、全体を教えられる人はいなくなる。だからむしろ哲学部を充実させて、各分野の専門の先生を呼び、自分が何をやっているかを他の学部生にわかるように話させるべきだと。それが知の共有化であり、ユニバーシティなのだと主張しました。その結果、ドイツには総合大学が残り、国力が伸びてくる。

小宮山 一人で全体がわかったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチくらいまでですよ。

佐藤 私もそう思います。

小宮山 その後は分業になる。でもそれが進み過ぎると、他の人にはわからなくなります。だから全体像をお互いがわかるようにすることが必要です。自分の研究でも、周辺に読まなくてはいけない文献が山ほどある。見繕って何冊かは読みますが、すべては読み切れません。あとは仲間を作って人と議論してやるより仕方ない。

佐藤 専門的知識は、全体像の中で生きるものだと思います。

小宮山 その通りで、私は東大総長時代に「学術俯瞰講義」を始めました。学問を「物質科学」「生命科学」「数理科学」「社会/制度」「哲学/思想」「地域/国際」と六つに分けて、大学に入ってきた若い人に向け、個別の細分化された知識ではなく、その分野ではいまどんな研究が行われ、これからどんなふうに扱っていくのかをベテランの先生方に話してもらった。これが私の「知の構造化」の一つの試みですね。

佐藤 まさに全体を掴む講義ですね。

小宮山 また「学術統合化プロジェクト」として、サステイナビリティ(持続可能性)やジェロントロジー(加齢学)の講座も作りました。後者は、老年医学もその一部ですが、ロボットも絡んでくるし、心の問題も関係する。高齢化社会全体の問題は、どこの学部でやったらいいかわからない。それで総長の私が作った。退任する頃にはそこが高齢社会総合研究機構となって、いまでは世界のハブ(結節点)になっていますよ。

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