コロナで見えた「IT後進国日本」 未だにFAXを使う国は変われるか(古市憲寿)

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 本当なら今頃、東京オリンピック・パラリンピックが開催されていた時期だ。

 7月下旬から8月にかけての東京は、心配されていたほどの酷暑にはならないが、雨が多いようだ。「やはり新国立競技場には屋根が必要だった」という批判が再燃していたかも知れない。

 連日のようにメディアは、日本がいくつメダルを獲得したとか、選手がいかに努力してきたかとかを、暑苦しく伝えていたことだろう。街には外国人旅行者の姿が目立ち、インバウンドを狙った施設は賑わいを見せていたはずだ。

 そんなふうに、実際には訪れなかった2020年の夏を想像してみる。今よりは明るい顔の人や、羽振りのいい人は多かったと思う。

 だけど仮に新型コロナウイルスの流行が発生せずに、オリンピックが開催されていても、日本が順風満帆だったわけではない。

 この国の最大の問題は、少子高齢化である。元気な労働者や消費者が減っていく中で、高齢者の介護や医療にかかる費用は増大していく。たった一度のオリンピックくらいで、少子高齢化が解決するわけがない。

 それでもオリンピックの開催が決まってからの7年間、根拠のない希望がこの国を照らしてきた。さまざまな社会変革のゴールが2020年に設定され、いくつもの提案がなされてきた。

 たとえば、政府が2015年に改定した「世界最先端IT国家創造宣言」によれば、2020年までに「世界最高水準のIT利活用社会」が実現するのだという。曰く「ITを利活用した公共サービスがワンストップで受けられる社会」を目指すらしい。

 しかし実際の2020年になって露呈したのは、日本が「世界最先端IT国家」どころか、医療機関から保健所への指定感染症の届け出がFAXで行われていたり、全住民に10万円を配るのにも難儀する悲惨な国だという事実だ。新型コロナウイルスは全く関係がない。問題は2020年までに「世界最高水準のIT利活用社会」が実現していなかったことだ。

 恐ろしいのは、予定通りにオリンピックが開催されていたら、このIT後進国日本の惨状が見過ごされていたかもしれないことだ。この先何年にもわたって保健所ではFAXが使用され続け、マイナンバーの活用も進まなかったのではないか。

 去年の秋、ある官僚と「マイナンバーカードを運転免許証と一体化して欲しかった」という話で盛り上がったことがある。しかし官僚の答えは「絶対に無理」。縦割りの官僚機構の中でも、特に警察は異質。彼らが免許という権益を手放すとは思えないというのだ。

 しかし6月から開催されている政府の会議では、マイナンバーに関して、運転免許などの国家資格、さらにはスマホとの一体化の可能性も議論されている。少なくとも「絶対に無理」という雰囲気は変わりつつある。

 後世から見れば、オリンピックが開催されなかった2020年、日本は変わったと評価される可能性さえもある。まあ、形状記憶合金のようにすぐ古い日本が戻ってくる気もするけど。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年8月13・20日号掲載

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