人気ドラマ『MIU404』が暴き出した「留学生30万人計画」の大欠陥 「人手不足」と外国人(53)

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 日本のテレビドラマが、ネットを通じてベトナム人たちの間で拡散している。

『TBS』系列で7月24(日)午後9時から放送された刑事ドラマ『MIU404』第5話がそうだ。

 ベトナム人向けのフェイスブックアカウントが、第5話から主要場面を一部切り取り、ベトナム語訳付きでアップした動画は、公開から2週間で30万回以上再生され、「いいね!」など6000件近い反応が寄せられている。

 動画のタイトルは、

「ドラマで明らかにされた日本におけるベトナム人の生活(CUỘC  SỐNG CỦA DU HỌC SINH VIỆT NAM TẠI NHẬT ĐƯỢC PHẢN ẢNH TRÊN DRAMA)」

 である。

『MIU404』では、綾野剛、星野源という売れっ子の2人が主役の刑事コンビを演じている。

 第5話は筆者も放送時に観たが、ゴールデンタイムの娯楽ドラマとは思えないシリアスかつリアルなつくりだった。在日ベトナム人の犯罪という扱いの難しいテーマを軸に据え、日本語学校の実態から政府が進める「留学生30万人計画」の欠陥まで、大手メディアがまったく報じていない現実が描かれている。

 私が使い始めた「偽装留学生」という言葉まで使われていて、本連載で繰り返し指摘している「30万人計画」の闇が凝縮された内容なのである。

「みんな困っています。みんなです」

 まず、第5話のストーリーを簡単に説明しておこう。

 実習生ら在日ベトナム人によるコンビニを狙った強盗事件が続発する。綾部と星野が演じる刑事2人は、コンビニでアルバイトをしているベトナム人女子留学生が犯行グループの一員ではないかと疑い、彼女の在籍する日本語学校へ聞き込みに訪れる。その際に応対した日本語学校の若い事務員がベトナム人たちを実行犯として使い、一連の事件を起こしていた黒幕だった――という展開だ。

 この事務員の人物設定が凝っている。

 起業した人材派遣会社が倒産し、多額の借金を背負った揚げ句、借金の肩代わりをしてくれた男が経営する実習生受け入れの監理団体で働いていた。しかし、団体が業務停止命令を受けたため、日本語学校へ事務員として転職したとの設定なのだ。

 業務停止命令の理由となっているのが、ベトナムの送り出し業者からの手数料の違法なキックバックである。

 現実に監理団体へのキックバックは常態化しているが、実際には摘発されるケースはほとんどない。とはいえ、経営者が複数の監理団体を持っていて、1つの団体が業務停止となっても別の団体を使って業務を続けるといった描写、また背後に政治家の存在を仄めかす台詞にも、かなりの生々しさがある。

 フェイスブックにアップされた動画は、刑事2人が日本語学校に事務員を訪ねたシーンから始まる。女子留学生が金に困っていた話を聞いたことがあるかどうかと刑事たちに問われ、事務員はこう答える。

「みんな困っています。みんなです。余裕があるのは裕福な家の中国人くらいで、生徒の8割は留学生という名の出稼ぎ、偽装留学生です」

 と、偽装留学生の数の多さを指摘した後、彼らが来日する事情が端的に説明される。

「学校も国も出稼ぎだとわかって受け入れている。向こう(ベトナム=筆者注)の労働者の平均月収は3万円。日本で月に20万円稼げば、向こうの半年分。だから借金してまで日本にやってくる。ジャパニーズドリームです」

 その後、女子留学生がコンビニから牛丼チェーンらしき飲食店、続いて宅配便の仕分け現場と、アルバイトをかけ持ちして働く姿が映し出される。そして彼女を尾行していた刑事コンビの間で、こんな会話が交わされる。

「コンビニだけで週27時間。留学生が働いていいのは週28時間まで……。トリプルワーク」

「(アルバイトに)最後に入ったのが運送会社で、朝まで荷物の仕分け。あんな生活、体壊すよ」

「考えてみれば、上限28時間じゃ時給1000円でも月10万」

「生活費と学費、日本に来るためにつくった借金100万。これ返そうと思ったら全然足りない」

 といった具合に、留学生たちが現実に日本で強いられているアルバイト漬けの暮らしが、台詞を通じて明らかにされるのだ。それはまさに「日本におけるベトナム人の生活」である。

『日経』が取り上げた「困窮留学生の象徴」

 今回のドラマでテーマになっている留学生問題に関し、本連載では2014年末から取り上げ続けてきた。連載のタイトルである「『人手不足』と外国人」の関係において、政府の長期的な戦略のなさ、そのご都合主義を最も象徴する存在が「留学生」だと考えてのことだ。また、留学生は日本で最も虐げられた外国人労働者でもある。

 さらにいえば、留学生には、就職を通じて日本へ定住・永住の道が開かれる。つまり、彼らは「移民予備軍」なのである。

 その点で、短期の出稼ぎ労働者である実習生とは決定的に違う。だからこそ、移民受け入れという観点からも余計に注目すべき存在であると考え、連載を通じて制度の欠陥と受け入れ現場のデタラメぶりについて書いている。

 前回の連載でも、悪質な日本語学校による人権侵害問題を取り上げたばかりだ(2020年8月7日『悪質極まる「人権侵害」の「日本語学校」に「入管庁」はどう対応したか』)。

 しかし新聞やテレビは、偽装留学生をめぐる実態に全く触れようとしない。それどころか、逆に蓋をする報道ばかりが目立つ。コロナ禍の現在、留学生に関するニュースも時々見かけるが、いずれも「困窮留学生」を憐れむものばかりで、制度面の問題には触れようとしていない。

 たとえば、ドラマの放送から3日後の7月27日『日本経済新聞』電子版に載った記事『新型コロナ:外国人留学生、窮状続く コロナ禍でバイト収入激減』などがそうである。

 ドラマからは脱線するが、この記事について少し筆者の意見を述べさせていただく。

 記事には、「都内の私立大学大学院で国際関係論を学ぶネパール人女性」が匿名で登場する。ベトナムと並び、ネパールは偽装留学生の送り出し大国だ。

 同国出身の留学生は、大半がまず日本語学校に入学し、1年半から2年間を過ごす。卒業後、日本に残る者は就職、もしくは専門学校や大学を経て仕事に就くケースが多い。大学院まで進むのは、よほどの富裕層か国費留学生くらいなものだ。つまり、大学院生のネパール人留学生は決して多くない。

 筆者が気になったのは、ネパール人女性の「23歳」という年齢である。日本人なら大学を出てストレートに大学院へ進学すればあり得るが、ネパール人留学生の場合、「23歳」の大学院生は珍しい。日本語学校に在籍している間に年齢を重ねてしまうからだ。ネパールの大学から直接、日本の大学院へ留学する者もいないわけではない。だが、それも国費留学生のような特別な人材に限られる。

 記事の留学生は奨学金こそ得ているらしいが、アルバイトで生活費と学費をまかなっているので国費留学生ではなさそうだ。

 いずれにせよ、この留学生は3万人近くに上るネパール人留学生の典型とは言えない。にもかかわらず、『日経』は困窮留学生の象徴として取り上げている。

データは正確なのか?

 記事では、有名国立大学の准教授2人のコメントも載っている。

 その1人で、留学生のアルバイト状況を調査した安里和晃・京都大学准教授によれば、コロナ禍の影響で留学生のバイト収入は平均7割減っていたとのことだ。調査対象の留学生は多くが「インバウンド向けの接客業などで働いて」いて、「外国人観光客が激減して深刻な影響が出ている」のだという。

 安里氏の調査対象となった留学生「94人」の素性に関し、記事には何も書かれていない。ただし、「インバウンド向けの接客業」で働ける留学生は、「私立大学院で国際関係論を学ぶネパール人女性」と同様にエリート層である。それよりずっと多くの留学生は、弁当などの製造工場や宅配便の仕分け現場といった人の目に触れない場所で働いている。外国人相手の接客業に就けるような者は、「30万人計画」で急増した留学生のごく一部に過ぎないということだ。

 もう1人の佐藤由利子・東京工業大准教授は留学生政策の第一人者で、大手紙が留学生問題を取り上げる際には決まって登場する識者だ。

 その佐藤氏に筆者は取材を求めたことがある。佐藤氏が寄稿した記事(『nippon.com』2019年4月4日『日本語学校を人材育成の「中核インフラ」に』)で使われたデータに疑問を抱いたからだ。

 そのデータは、『日経』記事にも出てくる独立行政法人「日本学生支援機構」(JASSO)が日本語学校の留学生を対象に実施した調査結果である。佐藤氏が使用したデータによれば、「非漢字圏」出身の留学生には2017年、母国からの仕送りが平均で「月6万5337円」、アルバイト収入が「月9万2532円」あったというのだ。これらのデータなどを用い、佐藤氏は『nipppon.com』でこう書いていた。

〈現在、働きながら学ぶ留学生を「出稼ぎ留学生」「偽装留学生」といった言葉でひとくくりにする風潮があるが、さまざまな苦難を乗り越えて夢を実現し、「有為な人材」として活躍する人たちがいることを忘れるべきではない〉

 佐藤氏は、常々「偽装留学生」という言葉を使っている筆者らによって問題が誇張されている、と言いたいようだ。

 確かに、JASSOのデータが正確であれば、偽装留学生の割合も多くないことになる。「月9万2532円」の収入は、「週28時間以内」のアルバイトで稼げる範囲なのだ。しかしデータの数字は、私の長年の取材実感とあまりにかけ離れている。仕送り額が異常に高く、逆にアルバイト収入が少なすぎる。

「非漢字圏」留学生の中心はベトナムやネパールといったアジア新興国出身者だが、彼らに仕送りがあるケースは珍しい。だからごく普通にアルバイトをかけ持ち、「週28時間以内」の法定上限を超えて働き、月15万円以上は稼いでいる。ドラマ『MIU404』で描かれたベトナム人留学生の暮らしぶりが物語るように、そうしなければ日本で留学生活が続けられないのだ。

より真実なのは「ドラマ」か「新聞」か

 筆者はJASSOに対し、調査手法を尋ねてみた。すると調査データは、留学生たちの自己申告で作成されていることがわかった。JASSOが選んだ一部の日本語学校にアンケートを送り、学校経由で留学生が答えた内容を集計していたのである。留学生たちは正直に「違法就労」を告白するはずもないのに、果たしてこれが信頼できるデータと言えるのだろうか。

 そもそもJASSOは「30万人計画」の旗振り役である文部科学省の所轄で、常勤役員5名のうち2名を同省出身者が占める組織だ。つまり、文科省の天下り先として表裏一体の関係にある。そんなJASSOに同計画の正当性を否定する調査などできっこない。

 そこで佐藤氏に対し、JASSOデータの信頼性を研究者としていかに評価するのか、そして留学生全体に占める偽装留学生の割合をどう考えるのかなど問うてみた。そのやりとりは、連載の第40回『「偽装留学生」増やし続ける「文科省」「マスコミ」「学会」の大罪(中)』(2019年11月26日)で詳しく書いている。

 その佐藤氏は、今回の『日経』記事でこうコメントしている。

「ほとんどの留学生はバイトで収入を得ることを前提に来日しており、バイトができなければ授業料も生活費も捻出できない窮地に陥ってしまう」

 当たり前のように「ほとんどの留学生はバイトで収入を得ること前提」と述べているが、そもそもそうした外国人を政府は本来、留学ビザの発給対象とはしていない。しかし『日経』記事は、そんなことには全く触れていない。

 有名国立大学の研究者たちや、JASSOといった「権威」にすがりたい『日経』記者の気持ちはわかる。『朝日新聞』や『NHK』といった他媒体が先行した「困窮留学生」報道を、今になって後追いするのだから尚更だろう。記事に「権威」さえ登場させていれば、事情に疎い社内の上司や、たいていの読者は納得してしまう。また、「コロナで困っている留学生を助けよ」と主張していれば、どこからも文句は出ないだろう。

 実は、『日経』が留学生問題を報じる際のスタンスには、筆者は以前から強い違和感を覚えている。ご興味あれば、連載第13回『“偽装留学生”をひた隠す『日経』欺瞞の大罪』(2017年8月7日)もお読みいただきたい。

『MIU404』というフィクションのドラマと『日経』のどちらが留学生の全体像を捉え、より真実を伝えているのか。もちろん、判断いただくのは読者ではある。

「見えてないんじゃない。見ない方が楽だ」

 話を『MIU404』第5話に戻そう。

 日本語学校の事務員が語った印象的な台詞があった。彼に容疑がかかり始めた頃、刑事に向けて述べる言葉である。

「理不尽というのなら、この国で起きていることこそが理不尽です。移民を受け入れないと言いながら、実習生や留学生という名目で何十万人も働かせている。こんな小さな島国で、世界で4番目の多さです。なぜか、わかりますか?

 朝5時の店頭に弁当を並べるため。毎朝、新聞を届けるため。便利な生活を安く手に入れるため……。今さら、どうして僕ひとりがこんな罪悪感を抱かなきゃならない!」

 脚本を書いた野木亜紀子氏の問題意識が垣間見える台詞だ。その意識は、筆者のそれとも重なる。台詞の後半部分と似た表現を、私も本連載をもとに2016年に出版した『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)で記している。

〈コンビニは24時間オープンしてもらいたい。

 弁当はできるだけ安く買いたい。

 宅配便は決まって時間にきちんと届けてもらいたい。

 新聞は毎朝夕決まった時間に届けてもらいたい。

 しかし、私たちが当たり前のように享受している“便利な生活”は、もはや低賃金・重労働に耐えて働く外国人の存在がなければ成り立たなくなっている。いや、彼らがいなくなれば、たちまち立ちゆかなくなる。

 そうした実態は、日本人にはほとんど知られていないのではなかろうか〉

 この本の続編として昨年上梓した『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)でも、同様の内容を「おわりに」でこう書いた。

〈留学生の労働力がなくなれば、朝日新聞の配達現場は成り立たなくなるだろう。スーパーやコンビニの弁当の値段、宅配便の配送料なども値上げされる。コンビニや飲食チェーンは「24時間営業」が成立しない店も出てくるはずだ。

 だからといって、「もはやこの国は成り立たない」わけではない。外国人の犠牲によって維持されている私たちの「便利で安価な暮らし」が成り立たなくなるだけだ〉

 ドラマのクライマックスは、事務員がコンビニ強盗を犯して取り押さえられる場面だ。「罪悪感」を背負った彼は、刑事らに向けてネット上に犯行予告の書き込みをする。自ら逮捕されるため強盗に及ぶのだ。そして刑事たちに追い詰められると、街中で包丁を振り回し、日本語とベトナム語の両方でこう叫ぶ。

「外国人はこの国に来るな!」

「ここはあなたを人間扱いしない。ひと山いくらで買って、要らなくなれば帰れという!」

「ジャパニーズドリームは全部嘘だ!」

 筆者は取材を通じ、多くの日本語教師たちと出会ってきた。今も見知らぬ教師から時々、メールが届くことがある。日本語学校と偽装留学生の狭間で苦しむ日本語教師は少なくない。その苦悩は、理想を持って教師となった者ほど深い。だから私のような外部の者に向かい、苦悩の原因となっている学校の有り様を打ち明けてくる。そんな彼らの心の声をまさに代弁したかのようなラストシーンだった。

 ドラマの中では、主役の刑事コンビの間でこんなやりとりもあった。

 日本語学校の事務員らへの聞き込みやベトナム人留学生の尾行を通じ、外国人労働者の受け入れ実態が徐々にわかってきた際の会話である。

「国の罪は俺たちの罪なのかな。俺がゴメンねといっても、何十万ものロボットにされた人たちは救われないんだよな。皆、どうして平気なんだろ」

「見えてないんじゃない。見ない方が楽だ、見てしまうと、世界がわずかにズレる。そのズレに気づいて、逃げるか、また目をつむるか」

 この短いやりとりに、脚本家の野木氏が視聴者に問いかけたメッセージが込められているように筆者は思えた。

 文芸畑のベテラン編集者から、

「小説とは、現実を変える嘘の力」

 という言葉を聞いたことがある。ドラマも小説と同じくフィクションだが、『MIU404』は秀逸な脚本と出演者たちの演技力によって、「嘘の力」を強烈に感じさせてくれた番組だった。

 このドラマが惹きつけたのは、ベトナム人だけではなさそうだ。

 ビデオリサーチによれば、同話の視聴率は関東地区で12.5%を記録したという。今や国民的ドラマとなった同じ『TBS』の『半沢直樹』シリーズには及ばないが、大健闘の数字である。しかも「外国人留学生」という地味なテーマを扱いながら、第4話の10.2%、第6話の10.8%を上回っている。ドラマがきっかけとなって、大手メディアやアカデミズム、関係省庁が揃って隠し続ける醜悪な実態が広く世に認知され、現実が変わるよう祈りたい。

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年8月18日掲載

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