夏の甲子園 「ティモンディ」が今も忘れない名勝負 2018年「済美VS星稜」

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ベスト4にまで行くなんて…

――この年の済美って、大会前の評価はそんなに高くなかったんですが、この試合に勝って勢いがついたのか、最終的にはベスト4まで勝ち進みました。

前田:前評判は確かに全然高くなかったです。監督さんも「歴代たくさんの選手たちを見てるけど、地力だけでいったら、そんなでもなかった」って言っていました。「選手一人一人だけの実力で見たら、ベスト4にまで行くなんて、そもそも思わなかった」と。だから野球って本当にチームスポーツなんだなって、改めて思いますね。我々はチームとして強くする、みたいな練習を3年間ずっとしてきたんですよ。

高岸:一つの練習でもみんなで心を合わせながらの練習でした。今でも家族のような関係性ですから。そうやって絆を強くしていったからこそ、土壇場で凄いパワーになってその実力が発揮されたのかなと思いますね。

――夏の甲子園ベスト4はやっぱり凄いです。

前田:済美って春優勝1回、準優勝1回、夏準優勝1回っていう成績が残ってるんですが、歴史的に見たら、この大会のベスト4は凄い健闘だったかなって。

――最後にこの試合の総括をお願いします。

前田:あの年の第100回の夏の甲子園が、そもそも金足農(秋田)旋風を含めて凄く盛り上がったじゃないですか。甲子園そのものが高校野球を凄く盛り上げてくれた大会だっていうのがあるんですが、そのなかでもやっぱり個人的に強く心に残るっていうことは、なかなかな試合だったんだなとは思いますよね。

高岸:第100回の記念大会を盛り上げるに相応しい、劇的なサヨナラ満塁ホームランが飛び出して決着したと。あんな劇的な展開は、“野球の神様”の計らいじゃないかとか、いや“甲子園に棲む魔物”の仕業だとか、いろんなとらえ方があると思います。

 そんななかで大きな力になるのは、やっぱり応援なんです。大応援のなかでの精神状態の変わり方の問題なんですが、大声援を受けて心が変われば身体が変わる、身体が変わればプレーが変わるというのは、この試合だけでなく、もうどの試合でも感じますよね。そこがやっぱり高校野球、野球の魅力ですよ。

週刊新潮WEB取材班編集

ティモンディ
前田裕太(まえだ・ゆうた=写真左)1992年8月25日生まれ。神奈川県出身。ツッコミ・ネタ作り担当
高岸宏行(たかぎし・ひろゆき=写真右)1992年10月8日生まれ。愛媛県出身。ボケ担当
いわゆる“お笑い第7世代”のお笑いコンビで、ボケ担当の高岸が投手として最速150キロをマークしたことで一躍話題に。主なレギュラー番組に『上田晋也の日本メダル話』(日本テレビ系・日曜・17時~)の“ティモンディならできるかな?”のコーナー。また、高岸単独で『アイ・アム・冒険少年』(TBS系・月曜・21時~)に出演中。前田単独で毎週土曜日に“ar web”にて配信される連載コラム『ティモンディ前田裕太の乙女心、受け止めます!』を執筆している。2020年2月21日にはYou Tubeチャンネル『ティモンディベースボールTV』を開設、今やチャンネル登録者数12万人を超える人気チャンネルとなっている。

インタビュー・文:上杉純也

2020年8月15日掲載

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