不備だらけ「感染症法」の早急改正で「PCR検査」を増やせ 医療崩壊(40)

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「新型コロナウイルス」の第2波の拡大が続いている。一方、政府は経済活動を促進すべく「Go Toトラベルキャンペーン」を推進する。アクセルとブレーキを一緒に踏むというその矛盾ぶりは、多くの国民の失笑を買っている。

 日本は特異な国だ。真夏の北半球で感染者が増加している先進国は少なく、G7(先進7カ国)では米国と日本くらいだ(図1)。

 この図を私がSNSで発信して以後、様々な批判が寄せられた。縦軸のうち日本と諸外国の人数値を左右で変えていることについての批判だが、この図が示しているのは感染者の絶対数ではなく、増減の変化率を時系列で示している点だ。日本の増加が異様であることが一目瞭然だろう。

 米国では、感染者が増加しているのはカリフォルニア州以外はドナルド・トランプ大統領を支持する地域が多く、ボストンやニューヨークは感染抑制に成功している。

 なぜ、このような差がついてしまったのだろう。

 それは、日本の対応がまずかったからだ。

 日本は新型コロナ対策を推進するにあたり、構造的な問題を抱えている。それは、「感染症法」の不備だ。感染症法を早急に改正しなければ、第2波は抑制できず、第3、4波でも同様の事態を招く。早急に国会を開き、法改正の議論をすべきだが、そのような気配はない。本稿では、この問題をご紹介したい。

PCR検査増が抑制に

 まずは、新型コロナ対策の基本からだ。

 治療薬・ワクチンが開発されていない現在、対策の肝は感染者を見つけ、隔離することだ(自宅・ホテルを含む)。そのためには感染者を診断しなければならない。

 ウイルスは細菌と違い培養が難しい。診断の基本は遺伝子検査(PCR検査)だ。新型コロナ感染者の多くは無症状だから、感染を抑制するには症状の有無に拘らず、幅広くPCR検査を実施しなければならない。新型コロナ対策は、PCR検査体制をいかに上手く構築するかにかかっていると言って過言ではない。

 この問題を議論する上で、海外の事例は参考になる。第1波が収束しても、社会活動を再開すれば、感染者が増加するのは日本に限った話ではないからだ。各国は試行錯誤を繰り返している。

 例えば、北京市でも第1波の収束期に、市内の食品卸売市場「新発地市場」で集団感染が確認された。中国政府の決断は速かった。6月11日以降、検査の規模を拡大し、1日あたり100万を超えるサンプルを処理した。

 北京市の発表によれば、7月3日までに合計1005万9000人にPCR検査を実施し、335人の感染が確認されている。北京市の人口は約2000万人だから、およそ半数が検査を受け、陽性率は0.003%だ。その結果、7月4日、終息宣言がでている。

 中国まで徹底していないが、世界はこのやり方を踏襲しているところが多い。7月26日、ドイツのバイエルン州では大規模農場で174人の感染が確認された。労働者480人を自宅隔離するだけでなく、地元住民に無料で検査を実施している。

 6月末に韓国の光州で、訪問販売会社で起こった感染が寺院や集合住宅、高齢者福祉施設に拡大した際には、7月16日現在、8万3635人に検査をして、171人が診断されている。陽性率は0.2%だ。

 日本と同じく感染拡大に悩む米国も例外ではない。ニューヨーク州には750カ所の検査センターが設置され、希望する市民は即日、無料で検査を受けることができる。ニューヨーク州は新型コロナの抑制に成功している。

世界の逆を行く日本の対応

 ところが日本のやり方は対照的だった。新宿・歌舞伎町で感染拡大が確認された後も、厚生労働省は濃厚接触者探しに明け暮れ、いまだに無症状者を広く検査するように方針転換していない。

 世界の新型コロナ対策の基本は、流行地域で無症状者を含め、広くPCR検査を実施することだ。感染拡大が問題となっていない国でも、この方法を採用している。例えば、フランス政府は、再流行に対応するため、すべてのPCR検査を無料とし、処方箋なしで実施できるようにした。

 日本は正反対だ。厚労省も専門家分科会も無症状者を検査対象とすることに否定的だ。7月16日、分科会は無症状の人に対するPCR検査について、感染している可能性が高い人を除き、公費で行う行政検査の対象にしない方針で合意し、政府に提言している。尾身茂分科会会長はメディアの取材に答え、

「必要なのは、すべての無症状者への徹底的なPCR検査ではない」

 とコメントしている。

 分科会の委員の中には、PCR検査の必要性を否定する人まである。

『サンデー毎日』7月12日号の記事で、岡部信彦川崎市健康安全研究所所長は、

「第2波、ワクチンは不明でもPCR検査信仰は消える」

 とコメントしている。私は、このような意見を国際的な医学や科学の専門誌で読んだことがない。

 無症状者に検査しないというのは、別の意味でも大きな問題だ。

 それは、無症状者の中には医療従事者や介護従事者も含まれるからだ。医療従事者や介護従事者が感染しても、無症状で通常通りに勤務すれば、患者や入居者にうつしてしまう。

 持病を抱える高齢者が感染した場合、その致死率は高い。第1波では永寿総合病院(東京都)などの院内感染で大勢が亡くなったが、院内に新型コロナを持ち込むことになってしまったのは、無症状者が院内に立ち入ったからとしか考えられない。もちろん、可能性が高いのは医療従事者だろう。彼らにPCR検査がなされていれば、亡くならずにすんだかもしれない。

法的根拠のない「無症状者検査」

 世界の多くの国が、医師や看護師を含むエッセンシャルワーカーを特別にケアしている。例えば英国政府のホームページを見れば、医療介護従事者だけでなく、幅広いエッセンシャルワーカーに対して、職種毎に細かくガイドラインが定められていることがわかる。

 スコットランドの介護施設では、1例でも感染例が確認されれば、症状に関係なくすべてのスタッフに検査が提供されている

 ところが、日本では第1波で院内感染が生じた病院ですら、公費で医師や看護師の検査ができるようになっていない。

 世田谷区は保坂展人区長が、

「無料で『いつでも誰でも何度でも』検査を受けることができるように体制を整備する」

 と公言しているが、これは世田谷区の財政措置によるもので、財政力のない自治体には不可能だ。多くの自治体は何もしないだろう。これでは第2波で院内感染が起こるのは、時間の問題だ。

 実は、これには理由がある。それは無症状者に対してPCR検査を行う法的な根拠がないことだ。感染症法でPCR検査が認められているのは、感染が疑われるもの、および濃厚接触者だけだからだ。現在、感染が疑われる者を拡大解釈し、歌舞伎町などでの検査を拡大しているが、それでは限界がある。

社会的弱者へのケアもなし

 ケアすべきはエッセンシャルワーカーだけではない。社会的弱者への対応も重要だ。彼らは感染しやすく、その健康を守るだけでなく、周囲に拡散させないためにも早期に適切な対応が必要だ。

 米国は、こうした対応が徹底しており、多くの調査結果が報告されている。

 例えば、3月27日~4月15日にかけて、米疾病予防管理センター(CDC)が、シアトル、ボストン、アトランタなどの19のホームレス施設の入居者1192人、職員313人をPCRで調べたところ、入所者の25%、職員の11%で感染が確認されている。ホームレス対策が地域の感染対策で如何に重要かお分かりいただけるだろう。

 このあたり、米国は慣れている。4月、サンフランシスコでは市内最大のホームレスのシェルターで100人規模の集団感染が生じ、市議会はホームレスを隔離するためにホテルを7000室確保するように求めている。

 ホームレス対策に力を入れているのは先進国だけではない。7月、インド・ムンバイの3つの区で無作為に抽出した住民6900人に抗体検査を実施したところ、スラム街の住民の半分以上(57%)が新型コロナに感染歴があり、それ以外の地区の16%より高かったことが判明した。インドは現在、感染が急拡大中だ。この結果を受けて、ホームレス対策に力を入れている。

 世界は社会的弱者へのケアに力を注いでいる。米国立医学図書館データベース(Pub Med)を「ホームレス」と「コロナ」で検索すると、39報の論文がヒットしたが(2020年7月23日現在)、日本からの報告はない。

 東京の山谷でホームレスのサポートにあたる知人に聞いたところ、

「もし抗体検査をして陽性になっても、具体的に何か援助が受けられるわけではなく、差別されるだけかもしれない。現状で彼らに検査を受けるように勧めるのは躊躇する」

 と言う。日本と海外の意識はあまりにも違う。

大差がついた検査処理能力

 社会的弱者はホームレスだけではない。性労働者もそうだ。差別の対象となり、感染が拡大しやすい。今回の歌舞伎町での感染拡大を「夜の街」と評するようなものだ。感染者は「被害者」なのに、「犯罪者」のように扱われてしまう。英『ランセット』誌は7月4日号で「性労働者をコロナ対策で忘れてはならない」という論考を掲載している。

 一方、日本の状況はお寒い限りだ。新聞データベース『日経テレコン』で「コロナ」、「セックスワーカー」あるいは「性労働者」で検索したところ、主要全国紙5紙に掲載された記事は『朝日新聞』の2つだけだ。あまりにも弱者に厳しい社会と言わざるをえない。

 エッセンシャルワーカー、社会的弱者を含めた無症状者にどれだけPCR検査を実施するかで、検査数は大きく変わってくる。

 表1は、G7各国のPCR検査の実施状況だ。日本は最下位で、人口あたりのPCR検査数は最も多いアメリカとは27倍、日本を除きもっとも少ないフランスとも8倍の差がある。

 今年3月の時点で、1日あたりのPCR検査処理能力は日本も欧州も大差なかった。概ね1日1万件だ。

 ところが、それから4カ月が経過し、彼らと日本の処理力には大きな差がついてしまった。例えば、現在ドイツの1日の処理力は約17万件で、日本の3万7000件の約5倍強だ。抗原検査を加えても5万8000件。ドイツの3分の1以下だ。

技術の進歩を対策に取り入れるべき

 これはビジネスや教育の世界にも影響する。新型コロナの第1波を終え、世界各国は検査数を増やし、感染者を自宅・ホテル・病院などで隔離し、それ以外に社会活動を継続するように勧めている。

 英科学誌『ネイチャー』は7月9日号に、「コロナの検査は感度より頻度が重要」という記事を掲載している。

 PCR検査は感染者の3割程度を陰性と判断してしまう限界がある。特に感染初期の無症状の人は、見落としのリスクが高い。この記事では、無症状の人に対して繰り返しPCR検査を実施することで、偽陰性のリスクを軽減しようとしている。

 海外の実業界にはすでにこの動きを取り入れているところもある。米プロバスケットボールリーグ「NBA」は毎日、野球のメジャーリーグ(「MLB」)は隔日、サッカーの英「プレミアリーグ」と独「ブンデスリーガ」は週に2回、選手ら関係者はPCR検査を受けることが義務付けられている。

 7月31日、MLBは前の週に1万1895サンプルを検査したところ、29人が陽性だったと報告した。選手20人、スタッフ9人である。このうち21人は集団感染が発生した「マイアミ・マーリンズ」の所属であった。

 現在、米国は業務中の新型コロナ感染で死亡した従業員の遺族から、企業が訴えられるケースが出始めている。「ウォルマート」や「セーフウェイ」などだ。

 共和党は意図的な違法行為や重過失などがなければ、雇用者の責任を免責しようという法案を準備しているが、どう決着するかはわからない。このような動きはPCR検査の活用を促進することになるだろう。

 こうした状況はビジネスの世界だけではない。教育現場も同様だ。ハーバード大学など米国の大学は、9月からの大学再開に備え、週に2回検査をすることを検討している。

 海外渡航にも応用する国も出はじめた。7月20日、中国政府は中国に向かう航空機に搭乗する人にPCR検査を義務付ける、と発表している。

 量は質に転化する。PCR検査技術は日進月歩だ。流行当初、5時間程度を要していた検査時間は、いまや1時間程度まで短縮している。神奈川県衛生研究所と理化学研究所が共同開発した、スマートアンプ法を用いた簡易パッケージのPCR検査は、全体で1時間程度しかかからない。

 このような状況を英科学誌『ネイチャー』は7月17日号で、

「パンデミックを終焉させることに役立つ新しいコロナウイルス検査の爆発的な発展」

 という記事で紹介した。この記事では、PCR法やその亜型であるLAMP法の発展だけでなく、遺伝子編集技術であるCRISPR法を用いた新法の開発が進んでいることなどを紹介している。

 どうして、日本はこのような科学技術の進歩をコロナ対策に取り入れないのだろう。政府は「Go To トラベルキャンペーン」を推進したいなら、PCR検査の費用を助成すればいい。検査を受けて陰性の人が旅行に行く分には感染は拡大しないだろう。まさに海外で行われている方法だ。

 新型コロナは未知のウイルスだ。世界各国が試行錯誤を繰り返している。海外から学び柔軟に対応を変えるべきである。まずはコロナ対策の法的基盤である、感染症法の改正を議論してはどうだろう。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresight 2020年8月13日掲載

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