夏の甲子園 「島村俊治アナ」が今も忘れない名勝負 1974年「防府商VS鹿児島実」
やりにくい放送
――以前の勤務地だった鹿児島県のチームが甲子園の準決勝まで勝ち上がってきたワケですから、実況する側としても気合いが入ったんじゃないでしょうか?
島村:やっぱり自分が地方で過ごしたところの高校だと「勝たせたい」っていう気持ちがあるんですね。でも、放送には絶対に出せない。
しかもこのときは、定岡がスターになりかかっていく、そういう状況の中でやっぱり対戦相手の防府商とのバランスですよね。ちゃんと平等に見てあげて、しっかり考えて喋っていかないといけないなと。
でも、自分が過ごしたところのチームですから、ある種の思い入れもある。だから逆にすごくやりにくかったんです。ある意味、僕にとっては非常に難しい放送だなと思いながら、実況を始めたんですね。
――前日の延長15回の死闘をくぐり抜けたことで、勢いは鹿実にあるというのが戦前の大方の予想でした。そして、試合が最初に動いたのが3回表でした。
島村:鹿実の攻撃で、定岡が二塁ランナーでいたんです。ここで確か2番の溝田(誠道)だったと思うんですが、センター前に運んで、僕は見ていて「本塁はちょっと難しいんじゃないかな」と思ったんですが、三塁コーチャーが回して強引に定岡を突っ込ませたんです。
定岡は大きなストライドで入ってきたんですが、やはり結果はアウトです。そのときにね、利き腕の右手から突入する形になって、その右手をついてしまった。
――ホーム上のクロスプレーで相手捕手と接触して、右手首をしたたか打ったワケですね。
島村:ただ、この段階ではね、まだケガをしたことが放送席では分かりませんでした。確かに手をついたなっていう感じはあったけど、そのまま彼はベンチに帰って行って、そのまま3回裏も投げましたからね。
ところが4回裏の守りに入ったときに場内アナウンスで、「ピッチャー堂園」ってコールされたんですよ。そこで、「えっ、どうしたんだ」となったんです。
このとき私の隣りには解説者として榊原敏一(元・三重監督など)さんが座っていたんですが、その榊原さんは「やっぱり昨日の疲れがあって、体調が厳しいんじゃないんでしょうか」というような見方をされたんです。
――このとき定岡投手はライトに回ったんでしたっけ?
島村:そうです。そしてその定岡の後を受けて2年生のアンタースロー投手・堂園(一広)がマウンドに挙がることになるワケです。
――ちなみにこの堂園投手のお兄さんが県内のライバル校のエースだったと聞いています。
島村:鹿児島商ですね。お兄ちゃんの名前は喜義(元・広島東洋)といって、やはり弟と同じアンダースローでした。この堂園と定岡が県大会決勝戦で対戦して、2-0の接戦で定岡が勝ったんですね。ただ、弟は兄を追わないで鹿実に行きました。
――ライトに回った定岡投手でしたが、5回裏の守りから完全に交代してベンチに下がってしまいました。
島村:その段階で初めて榊原さんと「何かあったんでしょうかねぇ」「やっぱりあのときのホームに滑り込んだときですかねぇ」っていうようなやり取りをしたんですが、その直後に“右手首が腫れている”“軽い捻挫のようだ”っていう情報が入ってきました。
そうして治療に向かうんですが、そのときにライトから小走りに走って来て、確かホームプレートの横を通って行ったと思うので、「ああ、治療に向かいますね」って。こうして定岡が退場する形になったんです。
心の中のアナウンス
――定岡投手が抜けた鹿実でしたが、試合は2番手の堂園投手が、甲子園初登板ながら好投する形となりました。
島村:定岡と堂園は、まったくタイプが違っていました。定岡の武器は速い直球とカーブでしたが、堂園は緩いボールでかわしていくピッチングスタイルだったんです。だから多分、防府商は逆に戸惑ったんじゃないかと。
試合は6回裏に防府商が先制の1点を取るんですが、直後の7回表に鹿実もすかさず同点に追いつくんです。
――そのまま1-1の同点で9回裏に突入します。
島村:ところが、9回の1アウトから防府商の4番の重田(薫)にツーベースを打たれるんですよ。そしてこの一打サヨナラのピンチの場面で、マウンド上の堂園が振り向いて二塁に牽制球を投げたんです。ところが……。
キャッチャーからの牽制サインを見るセカンドとショートのタイミングがちょっと悪かったのかなと。堂園はそんなに変なボールを投げたワケじゃないんだけれども、二人とも取れなかったんです。
――センター前にボールが抜けていったワケですね。
島村:これを見たセカンドランナーの重田はもちろん三塁に向かっていく。逆に鹿実は当然のようにセンターの森元(峻)が懸命に前進してきました。
しかし、ここでバックアップを焦ったのか、今思えばちょっと腰が高かったかな、とも思うんですけど、トンネルしてしまうんですね。
――二塁ランナーの重田選手は歓喜のサヨナラ勝ちのホームインです。
島村:こういう場面での放送のあり方って、とても難しいんですよね。明らかなエラーだから彼の責任ではあるんだけど、でもやっぱり責めるワケにはいかない。ですから、あまりそのことを深く告げなかった。
さらに辛かったのは、セカンドランナーがホームインして「サヨナラ〜〜」って言ったときに、まだ森元はセンターの一番深いところまでボールを追いかけていたんです。僕は言うのをどうしようかなと思って、でもやっぱり言えなかった。「背中が泣いている」って。そのときの僕の心の中のアナウンスは、そうだったんです。
森元がボールを掴んだときには、もうその場にしゃがみ込んで、そこで号泣していましたね。
――鹿実側に球運がなかった感じがしますね。
島村:この試合は運不運に左右されたなと思いました。本来だったら、防府商には申し訳ないけれども、力は鹿実のほうが上だったと思うんですよね。定岡がいたワケですから。でもその定岡がケガをしてしまう。
そして実は、鹿実は4回表の攻撃のときに、ランナー二塁のチャンスを作るんですが、牽制アウトでチャンスを潰してしまってるんです。だから最後のシーンを振り返ってみるとね、牽制で勝負が決まってしまったんだなって。僕はこれもまた球運というか、これもまた野球なんだなっていうのを痛烈に感じた試合でしたね。
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