宅急便を再設計して新しい物流を作り出す――長尾 裕(ヤマトホールディングス社長)【佐藤優の頂上対決】
eコマースの拡大で、全国を行き交う荷物の性格が大きく変わってきた。その大半が、誰かへの贈り物から、自分が発注し自分に届ける荷物になったのだ。コロナ禍でその変化に拍車がかかる中、クロネコヤマトは新しい配送サービスを始めた。彼らが考える物流の未来とはどんなものなのか。
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佐藤 私の仕事は、クロネコヤマトさんなくしては始まりません。書庫が数カ所にあるのですが、執筆するテーマによって、時々、本を数千冊単位で移動させるからです。
長尾 それはすごい数ですね。
佐藤 その時は、引っ越し業者ではなく、宅急便より大きなものが運べるヤマト便を利用しています。非常にリーズナブルな値段で、たいへん助かっています。
長尾 ありがとうございます。
佐藤 もちろんヤマトの主力は宅急便ですが、今回、新たなサービスを導入されたそうですね。
長尾 6月24日からeコマース(EC)向けに「EAZY」という新たな配送サービスを始めました。これまでの宅急便は対面での受け取りを基本としてきましたが、EAZYを導入したEC事業者の荷物は、玄関ドア前や物置、車庫、自転車のカゴなど、お客さまが指定したさまざまな場所で受け取りができます。また、受け取る直前まで場所の変更ができますし、配達後は、置いた荷物の撮影画像を確認できる配達完了メールをお客さまにリアルタイムでお送りしています。
佐藤 自転車のカゴというのは、机上からは出てこない発想ですね。やっぱり配達員の人たちが、どこに置いたらいいのか、現場で考えているから出てくる。
長尾 そうですね。現場で働くセールスドライバーもそうですし、EC利用者にも数多くヒアリングし、そのニーズを十分に汲み取ってスタートさせました。
佐藤 女性の社会進出が進んで家に人がいなくなり、また都市部では単身者が増えている。再配達はドライバーの方には大きな負担でした。いまの日本人の生活に合ったやり方が出てきた、という印象です。
長尾 当社は駅などで荷物を受け取れる「PUDO」という宅配便ロッカーも展開していますが、どちらもこの数年で荷物の性格が変わってきたことに対応したサービスです。これまでの宅急便は、ご依頼主さまから託された荷物をお届け先まで配達するのが基本設計でした。私が若い頃には、先輩から「荷物とともにご依頼主さまの想いを運ぶのだ」と教えられました。けれどもeコマースの急激な成長によって、いまは受け取る側のお客さまが「起点」となる荷物が急増しています。
佐藤 自分で自分に送っている荷物と、他人からもらう贈り物とは、確かに性格が違います。
長尾 宅急便は荷物をお受け取りになるお客さまを中心に設計されています。その点ではeコマースと親和性はありますが、宅急便がその最適解ではないとずっと考えてきました。先日ようやくこれに応えるサービスが動き始めたということです。
佐藤 そのサービスが人と人の接触を避けるコロナ禍の中で誕生したのは、象徴的なことです。ステイホームで、eコマースの利用率もずいぶん上がったでしょう。
長尾 新しい戦略デザイン「YAMATO NEXT100」を今年の1月23日に発表し、その中でeコマースを中心に据えた新たなサービスの必要性を明言していました。当時からすでに準備は進めており、今年10月ごろから始めようかと考えていたのですが、コロナがあって、そんな悠長なことは言っていられなくなった。そこで、かなりの人員を投入し、システム構築のパートナーとも協議して、前倒して始めました。
佐藤 いまはアパレルのZOZOTOWNの荷物がEAZYで送られてくるのですね。
長尾 はい。これを順次広げていきます。
佐藤 ユーザーの反応はいかがですか。
長尾 6月25日が配達初日だったのですが、多くのお客さまにドア前などの「置き配」を指定していただいています。実際にやってみて、修正していかねばならない点も出てきましたが、概ね順調にスタートしています。
佐藤 これは日本の文化に根差した仕組みだと思います。たぶんロシアだったらできないでしょう。ロシア語には英語で「I have」と言ったり、ドイツ語で「Ich habe」と言うような「私は持っている」に対応する表現がありません。私のそばに何々がある、という言い方をします。つまりそばにあるものは持っていっていい。
長尾 そうなのですか。
佐藤 置いてあるものは持っていっていいし、持っていかれることにも抵抗感がない。またイスラエルでも難しいでしょう。入り口に何か物が置いてあると、すぐに爆弾処理班がやってくる(笑)。
長尾 宅配便ロッカーのPUDOは、危険な物を入れられたら困りますので、コインロッカーと違って常閉型になっています。ただオリンピックの最中は、利用規制がかかる可能性もありますね。
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