アマビエ以外にもいた 疫病を追い払う神「ホヤウカムイ」とは
コロナ禍が蔓延する中、にわかに注目を浴びた妖怪がいる。その名は「アマビエ」。
アマビエの正体は、江戸時代、肥後の国の海に現れ、瓦版にも掲載された「予言獣」だ。豊作・凶作などを予言するとともに「疫病が流行ったら私の姿を写して人々に見せなさい」と告げたと言われている。
アマビエは「妖怪」に分類されるが、古来、日本には「疱瘡神」に代表される疫病退散にご利益がある神様が存在した。一方、森羅万象に存在すると言われるアイヌのカムイの中にも、疫病担当のカムイがいる、という話が、『カムイの世界―語り継がれるアイヌの心―』(堀内みさ 堀内昭彦著 新潮社とんぼの本)に紹介されている。
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善いカムイ、悪いカムイ
カムイとは、アイヌの人々にとっての「神」であるが、すべてが善いカムイというわけではないらしい。
──中には人間に災いをもたらすカムイもいる。流行病(はやりやまい)などの病気や浮気は、疫病神や淫魔のせい。だからそれを祓(はら)うため、昔は「タクサ」と呼ばれるササや種のついたヨモギ、また地域によっては、エゾイチゴの葉などを束ねた祓い具で、「フッサフッサ」と言いながら、憑(つ)かれた人の体を叩いたという。(同書より)
ところが、疫病を広めるのもカムイなら、退散させるのもまた、カムイなのだとか。
──たとえばアイヌの伝説に登場する、翼を持った大蛇と考えられているホヤウカムイ(蛇神)は、ひどい悪臭を放つ怪魔。近づくと全身が焼けただれ、死に至らしめる力を持っている。だが一方、ある集落で疫病神が疱瘡(天然痘)を流行させたときは、持ち前の悪臭で疫病神を追い払ったと言い伝えられている。(同書より)
カムイってどんな神?
時に人に害をなしたかと思うと、一転、人のために働いてもくれる。アイヌの人々にとって「カムイ」とはどんな存在なのだろう?
太陽、空、大地、山、森、海、生物……どこにでもカムイはいるという。「人間の力の及ばないものすべて」そう言う人もいれば、「空気や水、太陽……。ありがたいと思うものはみんなカムイ。偶像崇拝じゃないんだよ」「八百万(やおよろず)の神様と日本人も言うだろう。それと一緒だ」と言う人もいる。「身近だけれど、手が届かないもの。有難いけれど、恐ろしいもの」釧路地方の古老は、そんなふうに話している。
アイヌの人たちは折に触れ、そんなカムイたちに向かって祈りを捧げる儀式「カムイノミ」を行っている。観光客が集まるような祭りでも、踊りや行列など表向きの行事の裏で、必ず「カムイノミ」が行われているのだとか。そこでの祈りは、「和人」が神前で捧げる祈りとはちょっと違うようだ。
たとえばアシリチェプノミ(サケ迎え)のカムイノミでは、サケが獲れることを祈るのではないのだとか。「怪我なく無事に終わるように」と祈るのだという。
――「いいかい。アイヌは豊漁や大漁を願わない民族だ。サケが上がってくれてありがとう。それだけだ。そこを勘違いしないでほしい」(同書より)
そして、言うことを聞いてくれないカムイには、果敢に談判(チャランケ)を挑む。たとえば山で大怪我をしたり、海で水難事故があったりすると、昔は村人全員が刀を持ち、独特の声を発しながら、山や海のカムイに向かって徹底的に抗議したという。
──「いつもお祈りし、たくさんおいしいものを捧げているのになぜ目を逸らしたのか。そのために大変な事故が起きてしまったではないか」と。そうして一通り抗議し終えると、新しくイナウ(木幣)を作り、「今度は絶対しっかり守ってくれ」とお願いするのだという。(同書より)
ちなみに妖怪の大家・水木しげるさんは「アマビエ」だけでなくが、ホヤウカムイも描いており、その絵はロックバンドのCDジャケットにも採用されている(NUKEY PIKES「the SPLIT DESERT」)。
新型コロナウイルス感染症の蔓延は、いまだ人智の及ばない出来事がいつでも起こりうるということをまざまざとみせつけた。科学が未発達の時代には人は常にそういった恐怖と隣り合わせだったはず。人の力ではどうにもならない出来事になんとか対処するため、アイヌの文化を含む先人たちの知恵の尊さをもう一度見直すべきときが来ているのかもしれない。