ついに開催「7つのメジャー」初戦「全米プロ」で気になる選手 風の向こう側(76)
グラスの中に水が半分。これを「半分しかない」と悲観的に受け取るか、それとも「半分もある」と楽観的に受け取るか。できることなら、いつなんどきもポジティブ思考で「半分もある」と思いたい。
そして、そういうポジティブ思考ができれば、コロナ禍でスケジュールが大幅変更された世界のゴルフ界の現在と未来も、思い切り前向きに捉えることができる。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今季はメジャー4大会の予定もすっかり狂い、本来なら4月に開催されるはずだった「マスターズ」、5月の「全米プロ」、6月の「全米オープン」はいずれも延期され、7月に開催予定だった「全英オープン」は中止された。
そして、延期された3大会は、全米プロが今週(8月6日~9日)、米サンフランシスコの「TPCハーディング・パーク」で開催され、全米オープンは来月(9月17日~20日)に米ニューヨーク州郊外の「ウイングドフットGC」で、マスターズは11月12日からの4日間、米ジョージア州の「オーガスタ・ナショナルGC」で開催されることになっている。
この状況を「今季はメジャーが3つしかない」と淋しく感じているゴルフファンは少なくないのではないだろうか。
「メジャー4大会」と呼ばれるように、メジャーは4つあってこそメジャーだ。グランドスラムだって、メジャー4つすべてを制してこそ、グランドスラムだ。
しかし、緊急事態を迎えている今は、「そうあって然るべき」「当然」をあえて変えて考えてみるのも一考だ。米誌『ゴルフウィーク』は、記事の中で、こんな表現を用いていた。
「今週の全米プロを皮切りに、これから向こう11カ月間でメジャー大会が7つもある」
コロナ禍において、米ツアーは今季と来季を総合してランキングやシード権等々を確定するとしており、その意味では、今季と来季はすでに一体化している。
それならば、メジャー大会も「今季は3つしかない」と考えるのではなく、今季の3つと来季の4つを合わせ、「3+4=7」ということで、「今季と来季で合計7つもある」と考えるほうが前向きになれる。
ファンにとっては、7つもメジャーが楽しめるエキサイティングな11カ月になる。選手たちにとっては、メジャー優勝を達成する機会が1年未満に7度も到来するわけだから、前代未聞のビッグチャンス。
そう思えば、誰もが自ずと笑顔になる。
メジャーで勝てないトップ選手
メジャーの舞台では、世界のトップ選手がメジャー優勝に王手をかけては敗れるドラマが後を絶たない。惜敗を繰り返す選手は当然ながら強くて上手い。「あの選手なら、いつ勝ってもおかしくない」と言われ続け、実際、何度もメジャー大会で優勝争いに絡み、そして最後の最後に涙を飲む。
古くはベン・クレンショー(68)がそうだった。航空機事故でこの世を去った故ペイン・スチュワートもそうだった。「ワールドカップ」で勝利を重ねた黄金コンビ、フレッド・カプルス(60)とデービス・ラブ(56)は、どうしてだか2人揃ってメジャー惜敗を繰り返した。
そして、フィル・ミケルソン(50)、アダム・スコット(40)、セルジオ・ガルシア(40)が「メジャー・タイトル無きグッド・プレーヤー」と呼ばれ続けたことは、ゴルフファンの記憶に新しい。
かつてミケルソンは、「一体いつになったらメジャーで勝てる?」と問われ続け、気持ちの上で追い詰められていたのだろう。一時期は米メディアを避け、取材拒否までしていた。が、2004年マスターズを制してメジャー初優勝を挙げると、その後の彼は2005年全米プロ、2006年マスターズ、2010年マスターズ、そして2013年全英オープンを制して、すでにメジャー5勝を挙げている。
スコットは何度も惜敗したマスターズを2013年についに制し、オーストラリア人として初めてグリーン・ジャケットを羽織った。
マナーの悪さから「悪童」と呼ばれていたガルシアは2017年マスターズを制し、「ナイスガイになったからこそ、メジャー・チャンプになった」と讃えられた。
そう、ここで挙げた彼らは、みな最終的にメジャー優勝を果たし、悔しさを晴らすことができた。しかし、惜敗を重ね続け、いまなおメジャーで勝てない選手もいる。
その筆頭は、英国のリー・ウエストウッド(47)だ。世界中で合計44勝を挙げ、世界ランキング1位にも輝いた実力者だが、メジャーではトップ5入りが12回、2位になること3回、しかし優勝は1度もない。
すでに47歳。年齢的に見れば、メジャー優勝の可能性は年々低下している。だが、コロナ禍の今、米英双方で各々14日間ずつの隔離を経験することはウエストウッドには受け入れがたく、今週の全米プロには「出ない」と発表した。
だが、ウエストウッドがいなくても、全米プロにはメジャー初優勝を虎視眈々と狙う選手たちがたくさんいる。と言うより、優勝できる可能性を秘めた選手が、近年稀に見るほど大勢いて、優勝予想図の中でひしめいている状態だ。
メジャー初優勝に最も近い男
松山英樹(28)も、その中の1人。米ツアー通算5勝の実績を誇る松山は、これまでメジャー4大会で合計7度もトップ10入りを果たしており、とりわけ2017年の全米プロでは日本の男子選手として史上初となるメジャー優勝に限りなく近づいた。しかし、最終日のバック9で彼の心身は突然凍り付き、ショットもパットもみるみる乱れ、ジャスティン・トーマス(27)にメジャー初優勝をさらわれて、ホールアウト後に号泣した。
その前週、松山は「世界選手権シリーズ」の「ブリヂストン招待」を制したばかりだっただけに、いい流れに乗って全米プロでも勝利を挙げることが期待されていた。だが、結果的にはそれは達成されず、以後、松山はレギュラー大会においても勝利から遠ざかっている。
アイアンの安定性と精度の高さは米ツアーの誰もが認めるところだ。不安定なのは、日に日に変わるパットの出来栄えだ。かつての惜敗体験を克服しうる強いメンタリティとパットの好調さが維持できれば、松山のメジャー初優勝の可能性は、きわめて高い。
通算9勝を誇り、すでにベテランに数えられるマット・クーチャー(42)も技量レベルの高さは実証済みだ。これまでメジャー大会ではトップ10入りが12回。とりわけ、ジョーダン・スピース(27)に勝利を持っていかれた2017年の全英オープンは、それでも気丈に笑顔をたたえながら長男や次男の涙を拭うクーチャーの姿に心を打たれた。
米ゴルフ界のアイドル的存在、通算5勝のリッキー・ファウラー(31)は、これまでメジャー大会でのトップ10入りが11回。2014年には、メジャー4大会すべてでトップ5入りしながらも優勝はできず、「ナイスガイすぎると、メジャーには勝てない?」という新たな疑問が浮上したほどだった。
コロナ禍で米ツアーが再開されて以降、ファウラーはスイング改造に取り組み、先週の「フェデックス・セント・ジュード選手権」では、
「前進のためには後退も必要。今、ようやく後退後の前進の1歩目を踏み出した。次なる一歩が楽しみ」
と光を見い出した様子だ。
そして、誰もが気になっているのは、体重を20キロ近くも増やし、370ヤード超まで飛距離を伸ばしているブライソン・デシャンボー(26)がメジャー初優勝を果たすかどうかだ。米ツアーの再開4戦目「ロケット・モルゲージ・クラシック」を制し、通算6勝目をマークしたばかりだが、彼はメジャー4大会では、これまで優勝はおろかトップ10入りすら一度もない。そんな過去の実績はさておき、「今、何が起こってもおかしくない選手」と言えば、その筆頭はデシャンボーだ。
しかし、「今、一番メジャー優勝に近い選手」は、スペイン出身の25歳、ジョン・ラームだと思う。
米ツアーの再開6戦目「メモリアル・トーナメント」を制し、通算4勝目を挙げて、プロ転向からわずか4年27日で世界ランキング1位に昇り詰めた。
ドライバー、アイアン、ウェッジ、パター、いずれも上手く、技術的には弱点のない選手と言われているが、喜怒哀楽が激しく、すぐに激高するところは、ゴルフにおいては「弱点だ」と米メディアなどから指摘されている。
とは言え、昨今のラームは激高しなくなっている。結婚し、人間的にも成長したのか。それとも意識的に必死に感情を抑え、コントロールしているのか。それが、彼のゴルフにどんな影響をもたらすのかが興味深い。
果たして、彼らはこれから到来するメジャーの季節に本領発揮できるのか。メジャー初優勝を果たすことができるのか。
全米プロはいよいよ開幕。メジャー大会が7つも開催される「メジャーの季節」。キーワードは「メジャー初優勝者」。
是非とも、ご堪能あれ。