「両利きの経営」で日本にイノベーションを起こせ――入山章栄(早稲田大学ビジネススクール教授)【佐藤優の頂上対決】
経営から見た人口
入山 中長期的な30年くらいのスパンで方向を定めるのがうまいのは、ドイツです。「メガトレンド」と呼びますが、例えばシーメンスなどは、30年先をじっくりと考えてこちらだと決めると、その方向性に合わない事業をどんどん切り離していきます。一方で、方向性が合う事業には数多く、安く投資する。ほとんどは失敗しますが、いくつか当たるものがある。それを伸ばしていく。
佐藤 ドイツは神学や哲学も強いのですが、中長期分析の能力が優れている背景は二つある気がします。一つは地図です。彼らは地図を見ると、立体的に理解する。これはマッキンダーの地政学で強調されているところですが、ドイツは大陸国家であちこちから攻められるので、どこに山があるかを把握している。
入山 山で守られていますものね。
佐藤 もう一つは、分類です。ゴミの分別は、リサイクルゴミを合わせると十数種類になります。
入山 確かにすごく分別します。
佐藤 問題に直面すると分類して考える。80年前には「人種」の分別までしてしまいましたが、分別の対象がビジネスになった。
入山 なるほど。どうも日本人は中長期的に考え、分別して、バサッと捨てることが苦手のようです。
佐藤 日本人は、一所懸命にやることだけが重要ですから。ルース・ベネディクトが『菊と刀』の中で、日本人は2の3乗、4乗と冪数(べきすう)を増やすことに関心があって、目的がないと指摘しています。
入山 ただ事業を存続させるためにがんばりますね。象徴的なのはパソコン事業です。アメリカのIBMがパソコン事業を中国発のレノボに売却したのは、2004年です。でもNECは2011年、富士通に至っては2018年にレノボに売却しています。
佐藤 消耗戦だったガダルカナルの戦いと同じですね。
入山 ボロボロになってから事業をレノボのような外国の製造業に売却したり、プライベートエクイティファンド(未公開株投資会社)に売っている。それが、いまの日本です。
佐藤 日本では企画立案と実行と評価を同じところでやりますから、事業に大成功か成功しかないんですよ。
入山 そうですね。会社の中では失敗がない。
佐藤 日本の会社が後れをとっているのは、人口規模の問題もあると思います。企業にとって1億2千万人は大きな数字で、国内でやっていければいい、ということになる。これが韓国のように5100万人だと、最初から世界進出を考えないといけない。韓国のアイドルグループが英語や中国語や日本語で歌うのは、マーケットの問題ですよね。
入山 その通りです。
佐藤 アカデミーも同じです。人文科学でも社会科学でも。韓国のアカデミズムで英語を操らざるをえないのは、マーケットが小さいからです。
入山 日本はノーベル賞はかなりの数取っています。でも勝っている分野はみんな自然科学系なんですね。そこは数学が共通言語になっている。数学は、英語より遥かに世界共通の言語です。だからその分野では、巧まずして世界を相手に競争をやってきた。だから勝てたと思います。
佐藤 他の分野は日本語のバリアに守られているから、国際的に評価されるレベルにならない。
入山 ITの世界だと、日本の1億というのは小さいんです。
佐藤 確かに中途半端です。
入山 アメリカのIT企業があれほど大きく跳ね上がるのは、アメリカには3億人がいて、それが一気に世界の60億人ほどのビジネスになるからです。中国には14億人、EUも5億人のマーケットがあります。東南アジアもいま一体化してきて、7億人います。シンガポールで伸びている配車アプリ「Grab」の幹部は、最初からその7億人を狙うと言っていました。
佐藤 日本はその人口の数ゆえに、地獄の釜が煮立って開きそうになるまで気がつかないんですね。
入山 日本にもベンチャーはあり、素晴らしい会社も生まれています。でも、ほぼ日本止まりです。それを私は「ガラパゴス・イケイケ」と呼んでいます。あのメルカリもアメリカ進出では苦労しています。
佐藤 やっぱり日本語文化圏の中で、きめ細かいやり取りの評価など、日本のコミュニケーションをベースにして作り上げたものですからね。
入山 ただ今後、テレワークで使われるZoomなどに自動翻訳の機能が入ってきます。たぶん同時に字幕で翻訳されるようになるでしょう。すると言葉の垣根がなくなります。だから日本語でやっていても、生き残るベンチャーも出てくる。そこは期待してもいいと思っています。
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