まだある「中川親方」パワハラ 弟子に差別発言、コロナ禍“ちゃんこ会”問題も

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〈失礼します、先ほどはすいませんでした〉

〈バシッ(何かがぶつかる音)〉

〈先ほどは、何がすいませんでした、だ〉

〈「飯、何杯食べたんだ?」って聞かれたのをすぐに答えられなかったことです〉

〈舐めてんだろう〉

 恐怖におびえ、小声で平謝りする男と、食事のことをあげつらって低い声で怒鳴り散らす男。

 怒声の主は先ごろ、弟子に暴力などを振るったと日本相撲協会に告発され、2階級降格処分が報じられた中川部屋の中川親方(元幕内旭里)(54)、その人である。弱々しく対峙するのは同部屋の力士だ。

 なぜ親方は激しく弟子を恫喝しているのか。不穏な空気が流れるこの会話は録音されており、おぞましい続きがある。それこそ、今回の降格処分に大きく関わる一つの証左となるのだが、まずは、親方が降格となった騒動について、相撲担当記者が解説する。

「相撲協会が処分を発表したのは7月13日のことです。中川部屋に所属する9人の力士のうち一部が中川親方の暴言や暴力について、協会に告発。外部有識者が含まれるコンプライアンス委員会が聞き取り調査を行ってきたのです」

 協会の発表によれば、今年2月、弟子にちゃんこをこぼさずに運ぶよう注意した際、親方が顔面を殴ったり、さらに、春場所では弟子がタクシーで居眠りしたことに激怒し、宿舎で正座させ腹や胸を複数回殴打。浴衣の帯の結びを注意して、こめかみ付近を拳で殴ったこともあったという。認定された暴力行為は4回で、他にも、

「ぼんくら」

「殺すぞ」

「うざいんだよ」

「クビにするぞ」

 といった暴言を日常的に浴びせていた。そうした罵声を録音した音源まで協会に持ち込まれた、というわけだ。相撲部屋という特殊な世界では、弟子を厳しく指導するため、時には愛のムチや鉄拳も必要となろう。しかし、今回の件は行き過ぎと見なされ、処分が決定すると、協会の八角理事長が、

「師匠による暴力が起きたことを深く反省しています」

 と、謝罪する事態に発展。中川親方は時津風部屋付きとなり、中川部屋は閉鎖されることになった。

「報道の前夜、部屋の女将さんから電話をいただきました」

 そう語るのは、神奈川県川崎市にある中川部屋の後援者である。

「涙ながらに謝罪の言葉がありました。女将さんは親方に、お弟子さんに優しく接するよう何度もお願いしていたそうなのですが、聞き入れてもらえなかった、とおっしゃっていました」

 そもそも、中川親方が部屋を構えたのはわずか3年ほど前のことである。

「中川部屋の前身は春日山部屋です。当時の春日山親方は、先代の親方から年寄株を譲ってもらえず、裁判沙汰に。その混乱の責任をとって、春日山親方は辞任しました。そこで追手風部屋の部屋付きだった中川親方が部屋を継承することになったのです」(先の記者)

 1981年、初土俵を踏んだ中川親方は前頭14枚目まで昇進し、98年に引退した。その後は後進の指導に当たっていたが、現役時代を知る元力士に言わせると、

「今回の報道を見て、“起こるべくして起こったな……”というのが第一印象だった。彼は大した成績を残したわけではないんだけど、とにかく、手が早くて口が悪い。現役時代から“馬鹿野郎!”が口癖でよく後輩を小突いていたよ」

 部屋の近隣住民も同じ印象を抱いていたようで、

「親方は近所には気を遣っていて、早朝から行われる朝稽古をぶつかる音や声が近隣の迷惑にならぬよう朝8時からにしてくれていました。ただ、稽古の時は『何やってんだ!』という怒声が聞こえてきていたので、パワハラ報道の時には、やっぱりなと思いました」

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