日本に心理戦をしかけているのはアメリカだけではない

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 占領中にアメリカは日本人に対して心理戦を行っていた。アメリカにとって都合の悪い情報、見方を禁じて、日本人に罪悪感を抱かせるような情報プログラムであるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)を実施したのである。

 WGIPの大きな目標としては、原爆投下を残虐行為だといった考えを日本人が持たないようにすること、また極東国際軍事裁判の判決を日本人が素直に受け容れるようにすることだった。

 では、原爆投下に関しての世論が定まってきて、さらに極東国際軍事裁判が終わったのちに、さらには占領が終わり、日本が独立したのちには、そうした工作も無くなったのだろうか。

 もちろん、そんなにアメリカは甘くない。「その後の心理戦」とはいかなるものだったのか。『日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP―』の著者、有馬哲夫早稲田大学教授に聞いてみた。

――ここまで終戦直後のGHQによる心理戦についてお聞きしてきました。日本が独立してからはどうだったのでしょうか。

有馬:1951年には、心理戦の主体は占領軍からPSB(心理戦略委員会)という新設の組織にうつります。これは大統領代理、国防総省、国務省、CIA、統合参謀本部の代表からなる省庁横断的機関です。

 日本の主権回復が決められたサンフランシスコ講和会議に先立つこと1カ月、1951年8月には「国別計画書(日本)」が占領軍に通達されました。日本のマスコミを使って、日米安保や米軍の駐留が日本の独立には必要であること、ソ連の共産主義は脅威であること等を日本国民に周知せよという内容です。

 占領後、新聞や劇映画、ニュース映画、知識人、文化人等を使って、アメリカが自国に都合の良い情報や価値観を広めてきたことは、ここまでにもお話ししてきた通りです。

 1951年以降の新機軸としては、テレビもツールとなったということでしょう。日本へのテレビ技術導入を後押ししていたのは、占領軍の民間通信局とCIAでした。

 テレビで見るアメリカの豊かさは、アメリカ側についたほうが良いというイメージを広めるのには実に有効でした。

 また、それ以外にアメリカ国務省が日本に作った広報施設も有効に活用されました。アメリカ文化センター、日米文化センターなどです。一見、「日米友好」のための施設のようですし、そういう面がなかったわけではないでしょうが、彼らの位置付けとしては心理戦のためのツールだということです。

――独立後も心理戦を続行していたという証拠はあるのですか?

有馬:アメリカの公文書にそうした記録はたくさんあります。たとえば1953年1月30日、PSBは本文だけで28ページ、補遺も入れると50ページにものぼるD27「対日心理戦プログラム」を策定しました。タイトル通り、日本に対する心理戦の基本方針を示したものです。この頃、他にフランス、イタリア、ドイツ、東南アジアなどを対象にした心理戦プログラムの文書も残っています。

 いずれも共産主義との戦いにおいての重要な地域で、特に独立間もない日本は重要視されていました。

第五福竜丸事件以後の心理戦

――しかし今になってみればソ連陣営に行かなくて良かったと思う日本人が大半だと思います。そう考えると、心理戦をやってくれて良かったのでは?

有馬:もちろん私も日本が民主主義の陣営にとどまって良かったと思います。ただ、そのことと心理戦の存在や目的を知っておく意義とは別です。そしてここが肝心なのですが、アメリカは別に日本人のためにそうしたことをしていたわけではない、という点です。あくまでも彼らは彼らの国益のために、日本への工作をしていたわけです。

 わかりやすいのは、1954年の第五福竜丸事件の時のアメリカ側の反応です。第五福竜丸がアメリカの水爆実験の死の灰を浴びたことで、反米世論が沸騰し、戦後最大の反米・原水爆禁止運動へと発展しました。この時、アメリカの国務次官補は、駐日大使に対して、対日心理戦プログラムの目標を達成するために、何をすべきかを尋ねる書簡を出しています。そこには「心理戦プログラムの必要性が高まっている」という危機意識も述べられていました。言うまでもなく、ここで彼らが気にしているのはあくまでも反米世論の沈静化のほうであって、日本の国益などとは関係ありません。

 この後、アメリカは原子力の平和利用に関するキャンペーンを日本国内の新聞、テレビ等メディアを動員して展開していきます。

親ソ連世論を作るために暗躍したKGBのスパイ

――しかし、そこまでやったわりには別に親米の人ばかりがいるわけではない気もしますが……。

 戦争についての見方が基本的にアメリカのそれと大差ないのは、心理戦の効果だと考えています。占領中のアメリカの心理戦がなければ、日本人が今日に至ってなお戦時中のさまざまな問題について、史実を離れた贖罪意識を持つことはなかったのではないでしょうか。

 ただ一方で、『日本人はなぜ自虐的になったのか』でも強調したのは、こうした心理戦を行ったのはアメリカだけではないということです。

 アメリカは情報公開に積極的なので、数多くの一次資料を私たち研究者が見ることができます。だからこそ、当時何をしたかがかなりわかってきたのです。

 一方で、考えておく必要があるのは、当然、他国も同様の働きかけをしていただろう、ということです。

 たとえばソ連に関していえば、表向き雑誌記者を名乗っていたスタニスラフ・レフチェンコが実はKGB局員で、日本のほとんどの有力メディアに協力者を獲得し、親ソ連世論を作るために暗躍していたことが明らかになっています。1982年のアメリカ下院情報特別委員会で本人が証言しました。

 こうしたことは、日本人から見れば「とんでもないこと」ですが、世界的に見れば当然の工作です。むしろ、日本はそういうことを昔も今もやらなすぎるという見方をしてもいいのではないでしょうか。

 世界には軍事費に数兆円を費やしているような国があります。また、近隣には日本の世論に高い関心を示している国があります。

 こうした国が、アメリカの心理戦と同様のことをしていないと考えるのは無邪気としか言いようがありません。

「外国の工作」といったことを口にすると、「陰謀論だ」「ヘイトだ」といった批判を受けることもありますが、甘すぎることをアメリカの“実績”は教えてくれているのではないでしょうか。

デイリー新潮編集部

2020年7月28日掲載

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