ロシアが米兵殺害でタリバンに報奨金:プーチン大統領「リベンジ」の深い理由 インテリジェンス・ナウ

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 ロシア軍情報機関がアフガニスタンの「タリバン」系武装勢力に金を渡し、米軍兵士の殺害を奨励していた――という驚愕の情報。米露関係を揺るがし、ドナルド・トランプ米大統領の再選を危うくする、と米国で大きな問題になっている。

 複数の「米政府インテリジェンス当局者」を情報源とする『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)のこのスクープ。実は極めて微妙なタイミングだった。

 今年2月に米国とタリバンの間で和平合意が成立し、トランプ大統領は3月3日にタリバン幹部と初めて電話会談した。アフガン駐留米軍の大幅削減と撤退に向けて事態が大きく動き始めた矢先だった。

 ロシアはなぜこんな工作をしたのか?

 情報源は一体だれなのか?

 情報リークの狙いは何だったのか?

『NYT』だけでなく、後追い報道をした『AP通信』の報道内容も精査し、ジョン・ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の回想録も合わせて分析、アフガンをめぐる米露の歴史的対立を見直すと、真相が見えてきた。

米兵1人当たり10万ドルか

 6月26日付『NYT』の第1報は、事件の具体的な詳細を欠いていたが、その後の度重なる続報で概要が判明した。

 発覚の端緒は、今年1月にタリバンのアジトで多額のドルが発見されたことだった。首都カブールでロシア情報機関とタリバン系戦闘員の間を取り持つ「仲介人」をしていた、ラーマトゥラ・アジジ容疑者の家で約50万米ドル(約5350万円)の現金が見つかり、アジジの親戚や仲間数十人が逮捕された。アジジはひそかにアフガンを出国、ロシアに逃亡したという。

 米情報当局のレポートは、アジジが「ロシア軍参謀本部情報総局」(GRU)と戦闘員との間の主要な仲介人として、ロシアで数十万ドル単位のカネを何度も受け取っていた、とみている。

「ハワラ」と呼ばれるイスラム圏の送金手段でロシアからアフガンまで何カ国も経由して送金された、と逮捕された関係者は自供したという。送金に絡んだ関係者も十数人が逮捕された。

 タリバン系武装勢力が米兵あるいは英国など有志連合軍の兵士を殺害した際の報奨金は兵士1人当たり10万ドル(約1070万円)との自供も得られたようだ。

 こうした捜索と逮捕はカブールと北部クンドゥズでアフガン情報機関「国家保安総局」が行ったと『NYT』などは伝えている。

 ただ『AP』は、捜索を行い、50万ドルを押収したのは精鋭組織である米海軍特殊部隊SEAL「チーム6」だったと報じている。

 このほか米情報機関は、GRUのコントロール下にある銀行口座からタリバン関係者の口座に振り込まれた電子データも証拠として入手した、と『NYT』は伝えている。

遺族の調査依頼に大統領はどう答える

 2001年の米中枢同時多発テロ後の米軍のアフガン侵攻以降、米兵の死者は合計約2400人。2019年の死者は、近年では2014年以来最も多く20人に上った。

 問題は、いつどこでだれが殺害され、その際に報奨金が支払われた事実が確認できるかどうか、だ。

 これまで、2019年4月に最大の在アフガン米軍基地「バグラム空軍基地」の外で、3人の米海兵隊員が殺害された爆弾事件(通訳含む4人が負傷)など2件の米兵に対する攻撃にその疑いが指摘されている。しかし、今のところ確認ができておらず、遺族らから、徹底調査を求める声が強まっている。

 こうした情報は、今年2月末、トランプ大統領に対する報告書「大統領日報(PDB)」で報告された。さらに5月4日付でCIA(米中央情報局)が内部向けに発行している機密情報「世界インテリジェンス・レビュー」に以上のような情報を確認した形で掲載された。

 3月末には国家安全保障会議(NSC)でこの件が議題に上り、対ロシア対抗措置として、外交的抗議や対露制裁の強化などの選択肢が検討されたという。

 しかし、トランプ大統領自身は、GRUからタリバンへの「報奨金」の問題について、「報道はフェイクニュース」「空騒ぎ」と否定、PDBでも「聞いていない」と情報自体を一切認めようとしない。ただ、実際にはGRUの工作は否定できない事実と受け止められている。

 通例、歴代の米大統領は毎朝8時過ぎから、CIA分析部門の代表から10~15分間、PDBの報告を受け、国家安全保障問題担当補佐官の外交政策の現状を聞く。しかし、ボルトン氏の回想録『それが起きた部屋』によると、トランプ氏は週に2回しかPDBを受け付けない。しかも、CIA高官の説明を聞かず、自分から無関係な問題についてだらだら話すのだという。

 トランプ大統領はこの事件に正面から向き合わなければ、米国内で最も保守的かつ愛国的な人々からの支持を失う恐れがある。既に与党共和党内からも批判が出ている。

『NYT』の情報源はボルトン氏か

 それでは、ボルトン氏はこの問題にどうかかわっていたのだろうか。

『NYT』と『ワシントン・ポスト』(WP)はいずれも、この問題に関するNSCは「今年3月末に開かれた」と報道。米政府内で初めて公式に討議したのは、ボルトン氏辞任の半年後であるため、暗にボルトン氏は無関係との立場を取っている。『NYT』はボルトン氏のコメントを『ABCテレビ』のインタビューから引用し、ボルトン氏を直接取材していないような印象を与える報道をしている。

 これらとは対照的に、『AP』は、

「ホワイトハウスは1年前の2019年初めから、ロシアからタリバンへの報奨金供与の機密情報を知っていた」

 と報道した。同時に、

「ボルトン補佐官(当時)は2019年3月に、その情報についてトランプ大統領に説明した、と同僚に話していた」

 とも伝えている。

『AP』は、今年PDBで報奨金の問題が取り上げられたのは「2度目」としている。

 さらに、『AP』記者は6月29日、直接ボルトン氏にこの問題について質問したところ、「コメントを拒否した」と報じた。『NYT』と『WP』の情報源は同じようだが、明らかに『AP』の情報源はボルトン氏ではないことがこれから分かる。

 他方、『NYT』と『WP』の情報源はボルトン氏であり、両紙は情報源としての同氏を保護した、と考えると、すべてが理解できる。

 ボルトン氏の回想録によると、辞任前日、大統領は彼に次のような話をしたと記している。

「たくさんの人たちが君を嫌っている。彼らは君が情報をリークし、チームプレーヤーでないと言っている」

 これに対してボルトン氏は、

「自分に好意的なことを書いた『NYT』と『WP』の記事を見てほしい、情報源が書いてある」

 と反論したという。しかし、自分はリークなどしたことはない、とは言っていないのだ。

 ボルトン氏が回想録を出版したのはトランプ大統領の「再選阻止」のためだ、と『ABCテレビ』とのインタビューで認めている。トランプ政権が1期で終われば乗り越えられるが、「2期目になると何が起こるか分からない」と恐れているのだ。

 しかし本を大統領選前に出版するため、機密情報を本の中には盛り込まなかった。機密情報を漏らせば訴追の恐れもあるため、情報源とされないよう細心の注意を払っている。そして今もなお再選阻止のため大統領にダメージを与える情報提供を続けているのだろう。

モンテネグロでクーデター未遂

 タリバン系戦闘員への報奨金供与の秘密工作を行ったのは、GRUの秘密工作部隊「29155」だと指摘されている。

 GRUには地域別、機能別に12の部隊があるが、2019年に存在が明るみに出た29155部隊は地域や機能を超え、外国での暗殺から選挙妨害、クーデターなど極めて危険な任務を負わせられている。

 29155の本部はモスクワ東部にある「161特殊目的スペシャリスト訓練センター」にあり、司令官は軍人としての最高勲章「ロシアの英雄」を2015年に授与されたアンドレイ・アベリヤノフ少将とされている。ウラジーミル・プーチン大統領から直接指示を与えられているとみられるが、指揮命令系統は明らかになっていない。

 29155は、2016年10月のモンテネグロ議会選挙の際、ミロ・ジュカノビッチ首相(当時、現大統領)の暗殺を含めたクーデターを画策して失敗した事件にかかわった。選挙では与党が勝利、公約していた北大西洋条約機構(NATO)加盟を2017年に実現した。クーデター計画はモンテネグロのNATO加盟を妨げるのが目的だったと伝えられている。

 また2018年3月、英国南部ソールズベリーで、元GRU大佐セルゲイ・スクリパリ氏と娘ユリアさんが神経剤ノビチョクで襲撃され、一時重体となった事件も29155の工作であることが分かっている。

 プーチン大統領はその後スクリパリ氏を「しょせんひきょう者、祖国の裏切り者にすぎない」と非難、工作を事実上正当化している。

CIA「ムジャヒディン」工作の裏返し

 アフガンは歴史的に、世界情勢を大きく動かす舞台となってきた。

 19世紀から20世紀にかけて大英帝国とロシア帝国がユーラシア大陸の覇権を争った「グレートゲーム」。戦略的要衝となったアフガニスタンは「帝国の墓場」と呼ばれ、大英帝国はここで3度の戦争に敗れた。

 冷戦末期の1979年12月27日、旧ソ連軍参謀本部情報総局(GRU)の特殊部隊(スペツナズ)がアフガン首都カブールを急襲して、ハフィズラ・アミン革命評議会議長を殺害、以後10年近くも旧ソ連軍が駐留した。

 アミン議長はその3カ月前のクーデターで政権を掌握したが、当時のユーリー・アンドロポフ・ソ連国家保安委員会(KGB)議長は「アミンとCIAの関係」を疑い、それがアフガン侵攻の動機になった。米ウイルソン・センターの「冷戦国際歴史プロジェクト」が収集した旧ソ連機密文書にそんな記録があった。

 これに対して、ロナルド・レーガン米政権のCIAはサウジアラビアおよびパキスタンの情報機関と組んで、世界43カ国からムジャヒディン(イスラム戦士)約3万5000人を集結させ、アフガン駐留ソ連軍と戦わせた。パキスタンのイスラム神学校(マドラッサ)で学んだ若者を合わせると、計10万人以上となり、彼らが後の武装化したイスラム原理主義組織の担い手となった。

 CIAの総額30億ドル(約3200億円)に上る秘密工作では、アフガンでコーラン(イスラム教の聖典)を配り、スティンガーミサイル(肩掛け式の地対空ミサイル)を供与した結果、ソ連軍は甚大なダメージを被って、結局は撤退した。

 この戦争でソ連軍兵士約1万5000人が戦死、ソ連崩壊の一因となった。しかし、それから30年余、米中枢当時多発テロ後にアフガンに侵攻した米軍も長期戦で多数の犠牲者を出し、撤退する方向となった。アフガンは米ソの墓場ともなった。

 しかし、「リバンチズム(復讐主義)」を心に秘めているとも言われるプーチン大統領は新たな攻勢に出た。

 今回明るみに出た、タリバン系戦士を使って米軍兵士を殺害するGRU29155部隊の「報奨金工作」は、対米報復をかけた戦いではなかったか。この工作は、かつてムジャヒディンを使ってソ連兵を殺害したCIA工作の全くの裏返しだった。

 プーチン大統領はさらに、タリバンに対する武器供与も行ってきたと伝えられ、米軍撤退後のアフガンとの戦略的関係構築を目指しているとみられる。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2020年7月27日掲載

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