京都ALS安楽死事件、”優生思想”医師の今後は? 実刑となるか?

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 全身の筋肉が動かなくなっていく難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した京都市中京区の女性に薬物を投与して殺害したとして、京都府警が、嘱託殺人の疑いで、呼吸器内科医の大久保愉一容疑者(42)と、医師の山本直樹容疑者(43)を逮捕した事件。

 大久保容疑者は弘前大卒。かつて厚生労働省の医系技官として約7年半働いていた経験があり、近年は宮城県名取市で呼吸器内科や心療内科、精神科のクリニックを運営。山本容疑者は東京都港区にある勃起不全治療の専門病院で院長を務めていた。

 大久保容疑者は自身の匿名ブログに「高齢者を『枯らす』技術」というタイトルを付け、安楽死肯定の論陣を張ってきた(ブログと同種タイトルの電子書籍が両容疑者の編著で出版されてもいる)。

 昨年5月には、ALS患者の主治医として、こんな風に投稿していた。
《彼らが『生き地獄』というのも少しはわかる》
《神経難病などで『日々生きていることすら苦痛だ』という方には、一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいいと思っています》

 今回亡くなった林優里さん=当時(51)と両容疑者は、SNSを通じて知り合った。林さんは2011年ごろにALSを発症。死亡する直前は発語や手足を動かすことがままならず、ヘルパーから1日24時間、生活全般のケアを受けながらの1人暮らし。ヘルパーとは、文字盤を目線で追ってコミュニケートしていた。

 大久保容疑者は自身の匿名ブログに「高齢者を『枯らす』技術」というタイトルを付け、安楽死肯定の論陣を張ってきた(ブログと同種タイトルの電子書籍が両容疑者の編著で出版されてもいる)。

 昨年5月には、ALS患者の主治医として、こんな風に投稿していた。
《彼らが『生き地獄』というのも少しはわかる》
《神経難病などで『日々生きていることすら苦痛だ』という方には、一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいいと思っています》

 今回亡くなった林優里さん=当時(51)と両容疑者は、SNSを通じて知り合った。林さんは2011年ごろにALSを発症。死亡する直前は発語や手足を動かすことがままならず、ヘルパーから1日24時間、生活全般のケアを受けながらの1人暮らし。ヘルパーとは、文字盤を目線で追ってコミュニケートしていた。

 彼女は「話し合いで死ぬ権利を認めてもらいたい。疲れ果てました」などと漏らすこともあったという。

 捜査関係者によると、
「2人は林さんとは直接の面識はなかったようです。林さんから依頼を受ける形で、去年の11月30日に京都の彼女の自宅マンションを訪れ、薬物を体内に投与し、死亡させたと……。両容疑者とみられる不審な男2人がマンションを訪れた後、林さんの容体が急変し、病院に搬送されて死亡が確認されており、その際に体内からは普段服用していない薬物が出てきています。防犯カメラの映像などから2人を特定するのはそんなに難しいことではなかったですね」

 ところで、先述した電子書籍には、こんな文言が並んでいた。

《『今すぐ死んでほしい』といわれる老人を、大掛かりな設備もなしに消せる方法がある》
《違和感のない病死を演出できれば警察の出る幕はない。荼毘(だび)に付されれば完全犯罪だ》

「う〜ん、この文言からは警察を警戒しているように見えますが、バレてもいいと思ったうえでの犯行と考えなければ今回の行動と辻褄が合わないですね。SNS上では、難病や終末期でにっちもさっちもいかない患者やその家族から医師への相談が結構あるようです。ただ、それに対して主治医でもない人間が踏み込んだ回答をすれば、自殺ほう助罪に問われる可能性があります」

 医師としての立場を失うリスクを認識しつつ、それでも両容疑者を嘱託殺人に向かわせたものは何だったのか?

 日本で初めて安楽死が事件となり、議論を呼んだのが1991年4月の「東海大安楽死事件」。末期がん患者の苦しみを見かねた家族に何度もせがまれた医師が、穏やかな死を願って塩化カリウムを注射したら逮捕され、殺人罪に問われた案件だ。

 どういう事件かというと、多発性骨髄腫の男性に医師が塩化カリウムを注射したら心臓麻痺を起こし、看護師が騒いだのをきっかけに、大学は医師を懲戒解雇に。殺人罪で逮捕・起訴を経て、執行猶予付きとはいえ有罪となり、医業停止3年の重い処分が下っている。

 その後、医師は故郷で開業し、「町の名医」と評判となっていた。かつて「週刊新潮」でこの医師に話を聞いた際に、彼はこう語っている。

「俺の時は(安楽死の)前例がなかったから、(有罪判決も医業停止も)運命だと思って受け止めたよ。ところで(富山県の)射水(の安楽死事件)はどうなったかな。絶対不起訴! 俺の前例があるから大丈夫だ」

 事実、射水の事件の当該医師は不起訴となっている。ともあれ、この「町の名医」はこんな忠告もしていた。

「トラブルを起こさないためには、本人や家族から(無駄な延命治療はしない)同意書を取る。残酷だけど、これは絶対だ。俺が抱えているがん患者には告知もしている。同意書はまだ取ってないけど、そういう状態になったら取るよ」
 
 また、2002年4月に露見した「川崎安楽死事件」。起訴状などによると、事件があったのは98年の11月。気管支喘息の発作を起こして意識不明となって男性患者が入院してきた。3日経っても患者の意識は回復せず、担当医師は植物状態になる可能性が高いと判断。医師は鼻に挿入されていたチューブを取り除くと、患者は身体を逆エビ状に反らせて痙攣し、苦しそうに自発呼吸を繰り返す。「今楽にしてあげる」と声をかけた医師は看護婦に筋弛緩剤の注射を命じた。

 医師は殺人容疑で逮捕・起訴され、尊厳死などの延命治療の中止に関し、最高裁が初めて判断を下す注目の裁判となった。09年に懲役1年6カ月執行猶予3年が確定。医師には2年間の医業停止処分が執行され、その後、事件に関する著書を出版し、別の診療所に勤務している。

「両容疑者はこの川崎の医師のように、実刑となる可能性はほぼないでしょう。殺人罪が確定しても、2年の医師免許停止の後は医師として再出発できる。彼らの立場に立って言うなら、日本の終末期医療、延命治療に関する議論が停滞している状況に一石を投じたかったということになるのでしょう。ある種の”事件”がない限り、国民的な議論は喚起できないという側面は否定できないですからね」(先の捜査関係者)

週刊新潮WEB取材班

2020年7月24日掲載

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