「ポストコロナ」の世界経済「下がり切らなければ回復しない」理由

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「新型コロナウイルス」の感染拡大は、世界経済を根本から変えようとしている。もっとも見方によっては、新型コロナ危機によって、もともと歴史的転換点に差し掛かっていた世界経済の転換が早まった、といえるのかもしれない。

歴史的な転換点

 では、世界経済はどこへ向かおうとしているのだろうか。

 端的にいえば、世界経済はこの20年間の技術革新によって、アナログのステージからデジタルのステージへと大きく飛躍している。

 その象徴は、新型コロナ危機をきっかけに人々の働き方と生活のいずれもがリモート化するようになったことだ。それは危機の前では考えられなかったことだった。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』に寄稿された、企業のイノベーションに関する研究論文の多くを読むと、エンジニアと技術者たちが合宿して、ワイワイガヤガヤと議論を重ね、そこで湧いてきたアイデアをもとに新技術を開発するプロセスが見えてくる。

 ところが今は、新型コロナの感染を避けるために、「ソーシャルディスタンス」が提唱されている。すなわち、これからイノベーションを含めた働き方は物理的に関係者が一堂に集まって議論する代わりに、オンラインでコミュニケーションすることが圧倒的に増えることになる。

 目下のこの歴史的な転換は、かつて人々が馬車から自動車に乗り換えたとき以上の衝撃を伴うかもしれない。

 一部の経済評論家は、AI(人工知能)やロボットが普及すれば、失業者が急増すると警告している。しかしそれは、まったくの杞憂だと考える。

 かつて、馬車が自動車に取って代わられたときも、同じような杞憂があった。馬車の御者の失業が心配されていたが、実際は自動車の普及に伴い、人々の行動範囲が拡大し、それまでに想像もできなかったさまざまな新しい仕事が生まれ、新しい雇用機会が創られたのだ。

世界経済を牽引する「ABCD」

 おおよそ25年前に、日本で「e-mail」がはじめて広く使われた。当時のあるエピソードを紹介しておこう。

 筆者は当時、日本の銀行系シンクタンクに勤めていた。そのころ、「Windows」のソフトが使われるようになってきていたのだが、e-mailの使用について、反対の声もあった。

「メールを間違って送信したらどうするの」

 との心配があったのだが、ある同僚が、同期の同僚個人に送るはずのメールを、社内全員に一斉送信してしまったというハプニングが起きた。心配が現実に起こったのだが、しかし、このハプニングがメールの使用を妨げることはなかった。

 それから25年経ち、e-mailどころかSNSなども何の違和感もなく広く使われ、人々の生活は急速にデジタル化している。

 むろん、インターネットは人々にかつて考えられなかった利便性をもたらしたが、一方でデメリットも少なくない。

 インターネットは情報を瞬時に伝達するだけでなく、情報を再生産する機能がある。しかし、その情報が正しいものとは限らない。ネット時代において人々は情報の真偽を判断する能力が試されている。

 ここで重要なのは、インターネットのデメリットがデジタル経済への転換を妨げることはできない、という点である。

 世界でITハードウェアの製造技術がもっとも発達しているのは、米国、日本、韓国と台湾である。それに対して、IT技術の応用に長けているのは米国と中国である。とくに中国では、eコマース大手の「アリババ」やSNS大手の「テンセント」がいずれも優れたビジネスモデルを確立し、その利用者は世界で最多を記録している。

 研究者によると、これからの世界経済を牽引するのは、鉄鋼や自動車といったオールドエコノミーではなく、「ABCD」を中心とするデジタル産業であるという。AはAI、Bはブロックチェーン、Cはクラウド、Dはデータのことだ。

金融緩和がマネーゲームを引き起こす

 新型コロナ危機は世界経済に深刻なダメージを与えているが、もっとも深刻な影響を受けているのはオールドエコノミーである。

 このような深刻な状況において、世界各国の政策当局は人々の生活を救済するか、具体的な産業と企業を救済するかのジレンマに直面している。政治リーダーは選挙を意識して、もっぱら経済の高成長を実現しようとし、減速を受け入れようとしない。

 しかし経済は本来、一直線で成長を続けるものではなく、上下運動を繰り返しながら成長していくものであり、景気循環が起こるのも自然なことである。とくに下がる局面において下がり切らないと、その後の回復も中途半端になる。

 景気後退期において、淘汰されるはずの産業を救済する政策を行うことは、新しい産業の発展を妨げることを意味する。残念ながら、このことを多くの政治リーダーが十分に理解していない。

 また選挙を意識するあまり、貴重な財源を成長産業に充てず、斜陽産業に充ててしまうこともある。政策が救済すべきなのは人々の生活である。これこそセーフティネットの本来の役割である。

 ここで、世界主要国の中央銀行が実施している金融政策をみておこう。

 各中央銀行は政治リーダーへの忖度から、前代未聞の金融緩和政策を実施している。ゼロ金利ないしマイナス金利に加え、大規模な量的緩和が実施されている。

 中央銀行は市中銀行に必要以上に流動性を供給しているが、その流動性の多くは企業すなわち実体経済には流れていない。危機によってリスクが高まっているため、銀行が企業への融資を渋っているからだ。

 その結果、企業の業績が悪化しているにもかかわらず、株価は大きく上昇している。ニューヨーク、東京、上海の株価はいずれも大きく上昇したり下落したりするなど、投機が横行している。中央銀行の金融緩和政策はマネーゲームを助長しているといっても過言ではない。このままいくと、格差がさらに拡大するのがみえている。

適切な経済政策を

 近代経済学のもっとも古典的な命題の1つは、政府の役割と市場の役割である。

 政府が市場に介入すればするほど、市場メカニズムは阻害されてしまう。新型コロナ危機は人々の生活を直撃している。日本では、在留資格のある外国人を含めすべての居住者に1人当たり10万円の給付金が支給されている。

 だが本来は、所得が減った人を救済するのが筋である。また忘れてはならないのは、給付金の財源は税金だということだ。今、気前よく支給しても、そのつけは後の世代に回っていく。要するに、給付金はフリーランチではないということである。

 社会学者は、「危機」を「機会」に転換させることをいつも提案する。今回の危機を機会に転換させるには、景気が下がり切るのを根気よく待つことが重要である。その過程で生じる生活難の家庭は、セーフティネットで救済することだ。

 最悪のシナリオは、政治リーダーが人気を取るために、財源をばらまくことである。そうすれば、危機が過ぎ去ると、財源を確保するための追加増税が行われなければならない。その結果、せっかく回復局面に入る経済も十分に回復せず、いつまで経っても中途半端な状態が続く。

 新型コロナ危機では、各国のリスクマネジメント能力と同時に、危機後の経済のあり方と市場競争を見据えて、いかに適切な政策を取るかも試されることになる。

 安倍晋三政権の経済政策がなぜ大きく右往左往しているのか。それは、明確な長期戦略を持っていないからである。

 それは、トランプ米政権も同じである。ドナルド・トランプ大統領の頭にあるのは、11月の大統領選だけである。世界経済がトランプ大統領に振り回されているといっても過言ではない。

 一方、中国の習近平政権も実効性のある政策を実施していない。2020年上期の実質GDP(国内総生産)伸び率は前年同期比マイナス1.6%だった。

 今回の世界主要国経済の競争は、先に景気を下げ切った国が大きく回復する、ということがポイントになる。その回復基調を持続させるには、デジタル経済への転換と推進が重要だ。残念ながら、安倍政権は大きくぶれているといわざるを得ない。

柯隆
公益財団法人東京財団政策研究所主席研究員、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、株式会社富士通総研経済研究所客員研究員。1963年、中国南京市生まれ。88年留学のため来日し、92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院修士取得(経済学)。同年 長銀総合研究所国際調査部研究員、98年富士通総研経済研究所主任研究員、2006年富士通総研経済研究所主席研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『中国「強国復権」の条件:「一帯一路」の大望とリスク』(慶応大学出版会、2018年)、『爆買いと反日、中国人の行動原理』(時事通信出版、2015年)、『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社、2010年)、『中国の不良債権問題』(日本経済出版社、2007年)などがある。

Foresight 2020年7月21日掲載

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