紙を使って自動車も薬も作る製紙会社へ――矢嶋進(王子HD代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】

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新素材の可能性

佐藤 矢嶋さんが社長に就任されたとき、「製紙企業ではないと自他ともに認められるようなグループになりたい」と、お話しになったそうですね。紙の需要が減る中、これからどんな会社になっていくのでしょうか。

矢嶋 木にはさまざまな可能性があります。木を形作っているのは植物繊維のセルロースですが、バイオテクノロジーによって、これをピュアな形で取り出し、ものすごく細かくすることで、思いもよらなかった用途が考えられるようになりました。佐藤さん、セロファンってご存知ですか。

佐藤 もちろんです。昔は学校で工作用に使ったり、飴を包んだりしていましたね。

矢嶋 それがいまは石油化学で作られるポリプロピレンのフィルムになってしまいましたが、昔のセロファンは木材繊維です。

佐藤 だから燃えましたね。

矢嶋 ええ、チリチリと燃えます。そのセロファンを作る技術が進んで、いまセルロースナノファイバーという素材が生まれました。植物の細胞壁を構成するセルロースをナノ(10億分の1の単位)レベルで細かくして作るのですが、ほかの素材に混ぜると、強度が上がり、熱にも強くなるし、伸び縮みもしなくなります。

佐藤 第二の炭素繊維ですね。いま炭素繊維は飛行機に使われていますが、例えば、紙から車が作れるようになりますか。

矢嶋 そうです。車のボディを作れば、衝撃に強いし、軽くなります。いまそうした開発を行っています。

佐藤 かつて東ドイツに、トラバントという車がありました。見栄えしない外見からボール紙でできていると揶揄されましたが、本当に紙で車ができる時代がやってくる。すごいことですね。

矢嶋 実際にいま何を研究しているかと言うと、ガラスです。自動車のガラスはものすごく重い。だからセルロースナノファイバーを使って、軽くて頑丈なものを作れば、自動車の軽量化ができます。

佐藤 飛行機の風防ガラスがポリカーボネートに替わったのと同じですね。

矢嶋 ポリカーボネートは熱に弱いし、膨張したり、収縮したりします。だからまださまざまな箇所にガラスが残っています。でも、ポリカーボネートにセルロースナノファイバーを混ぜてガラス代わりにすれば、そうした問題が解決できる。

佐藤 これはいつくらいに実用化できるのでしょうか。

矢嶋 10年くらいはかかるのではないかと思います。

佐藤 そんなに先ではない。

矢嶋 自動車の他にも、化粧品や医薬品にも取り組んでいます。

佐藤 それも木から作るのですか。

矢嶋 木はセルロースのほか、ヘミセルロース、リグニンという物質で構成されています。セルロースを取り出す時には、セルロース同士を接着しているリグニンを取り除くのですが、残った「カス」がヘミセルロースで、これは燃やす以外に用途がありませんでした。でもそれが化粧品や医薬品になることがわかった。精製して酸性ヘミセルロースにすると、それは肌に保湿性を与えバリア機能を持つので、化粧品原材料になります。また、まだ人間が使うには至っていませんが、酸性ヘミセルロースを化学合成した硫酸化ヘミセルロースは、犬や猫、競走馬の膝の腱鞘炎を抑える医薬品にもなっています。

佐藤 用途に広がりがありますね。

矢嶋 もう一つ、硫酸化ヘミセルロースには、血液が固まるのを防ぐ作用もあり、抗血液凝固剤としても期待されます。透析の際に必要な薬ですが、いま使われている抗凝固剤ヘパリンは豚の腸から作られています。それだと宗教的に使えない人も出てくる。

佐藤 イスラム教ですね。ユダヤ教でも豚は嫌います。

矢嶋 だからそれを木材から作れば、問題がなくなります。

佐藤 それらがどんどん出てくると、かなり製紙会社のイメージが変わりますね。

矢嶋 包装分野などの紙をベースに、こうしたイノベーションによる素材作りもどんどんやります。時代の変化に合わせ、これから大きく変わっていこうと思っています。

矢嶋進(やじますすむ) 王子HD代表取締役会長
1951年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。75年本州製紙に入社し、パプアニューギニア木材工場などに勤務。96年に同社は新王子製紙と合併。2007年執行役員経営企画本部長、12年代表取締役副社長と歴任し、15年に代表取締役社長。19年より代表取締役会長。18年から本年5月まで日本製紙連合会会長も務める。

週刊新潮 2020年7月16日号掲載

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