紙を使って自動車も薬も作る製紙会社へ――矢嶋進(王子HD代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
伸びているのは「包装」
矢嶋 紙の需要はずっと減っていて、印刷情報用紙の分野では、国内需要のピークが2006年でした。
佐藤 2006年ですか。1990年代後半にパソコンを導入したとき、みんな紙は減ると言っていましたが、最初は増えたんですよね。
矢嶋 プリントアウトしないと気が済まなかった。ところが2006年以降、一気に需要が下がってきました。2006年を100とすると、いまは65くらいになっています。
佐藤 私などはやはりプリントして推敲しないとダメですね。作家はまだそういう人が多いはずです。
矢嶋 調査会社による統計では、紙で見た方が頭に残るという人の割合が多い。
佐藤 それは経験則からして間違いありません。ただビジネス文書だと違うのかもしれない。おそらく小学校で紙の教科書をなくし、タブレットで教科書や本を読むという習慣がついた子供たちが大きくなったら変わってくるのでしょう。ただそれにはまだ20年くらいかかります。
矢嶋 私も、教科書のページを触りながらのほうが、頭に入る感じがしますね。
佐藤 紙や書籍がよいのは、3次元だからです。情報がこのへんにあるということがすぐにわかる。電子データは2次元ですから、検索しなくてはなりません。仕事で本を読む人は、2万冊、3万冊くらいの本なら、どこに何があるか、わかりますよ。検索するよりも早い。
矢嶋 紙の辞書はもうあまり使われなくなっていますが、子供たちには、紙のほうがいいと言う人もいますね。近くに似たような言葉が並んでいるのを見ながら覚えるのが重要ということで。
佐藤 その通りです。さらに言えば、いつでもスマホや電子辞書で簡単に調べられると記憶に定着しません。私は日本の語学教育の失敗は、初めから辞書を引かせ過ぎることだと思います。ロシアの英語教育や日本語教育は、最初の1年は辞書を引かせない。その間、教科書に出てくる単語を丸暗記させます。入門が終わり初級に入ってから、ようやく辞書を使わせる。だから紙の辞書も初めから引かせないほうがいいんです。ましてや最初から電子辞書なら、記憶に残りませんよ。
矢嶋 新聞用紙も2005年あたりがピークで、いまは当時の60%くらいになっています。
佐藤 急速な下がり方ですね。
矢嶋 書く紙、記録する紙、印刷する紙という分野は、もうこれから増えないでしょう。ですから別の分野に力を入れていかなければなりませんが、その一つが包装です。もともと紙は、中国の漢の時代、西暦だと100年くらいに、蔡倫が発明したと言われていましたね。当初の用途は、書くことではなく、包むことだったそうです。いまそこに立ち戻って、包装に力を入れているんです。
佐藤 段ボールやパッケージですか。
矢嶋 ええ、いまeコマースが拡大してきていますが、宅配便でも郵便でも必ず箱で届けられます。だから堅調に伸びてきている。
佐藤 荷物は業者が捌ききれないくらい増えています。
矢嶋 これはグローバル化とも関連していまして、当社グループにおいてはいま包装関係の事業拠点だけで、海外に50カ所ほどあります。マレーシアやベトナム、インドネシアなどですね。
佐藤 毎年2カ所、アジアで工場を作っていくという記事がありました。
矢嶋 そのくらい作っていかないと、アジアの経済成長に追いつけず、シェアが落ちてしまいます。競争相手のほとんどは華僑で、彼らはすぐに行動しますから、こちらも休んではいられない。
佐藤 海外の工場は、コロナで休業させられたりしたのですか。
矢嶋 各国で操業停止になりました。でも段ボールがないと食品も生活必需品も運べないんですね。ですから最初は生産ストップとなっても、説明すれば「あ、そうですね」と再開させてくれる。エッセンシャル(必須)じゃないだろうと言われれば、そうかもしれませんが、必要なものですからね。
佐藤 インフラと同じです。
矢嶋 そう、意外と重要なのですよ。
佐藤 海外の工場にも日本から多くの人を派遣しているのですか。
矢嶋 だいたい各拠点に日本人1人くらいはいますが、基本的に現地化しています。東南アジアの統括拠点はマレーシアのクアラルンプールで、そのトップはカナダ国籍の中国人です。コンペティター(競争相手)が華僑ですから、ビジネスのセンス一つとっても、それに精通した現地の人にやってもらったほうがいい。
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