「コロナ対策」は「温暖化対策」EUがつけた「天文学的予算」の狙い(上)

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 欧州連合(EU)とドイツは、コロナ危機に関する経済復興策を打ち出し、その中心に気候変動対策を据えた。背景には、地球温暖化に対する市民の強い危機感と、環境保護技術を経済成長の原動力にしようという戦略がある。

いわば「第2次マーシャル・プラン」

 欧州で過去6カ月に約20万人の命を奪ったパンデミックは、現在のところ、小康状態にある。欧州の新型コロナウイルスの感染者・死者の1日あたりの増加数は、米国や中南米諸国に比べると大幅に少なく、経済活動も徐々に再開されつつある。

 だが、今春のロックダウンによる傷痕は深い。欧州連合統計局によると、4月のEU加盟国の工業生産額は、前月に比べて17.3%も減った。最も大きな影響を受けたのは自動車産業で、4月の生産額は前月比で68.5%減少した。

 欧州委員会の夏期経済予測では、EU27カ国の国内総生産(GDP)は、前年比でマイナス8.3%という悲観的な予測を発表している。特に感染者数・死者数が多く、厳しいロックダウンが実施されたフランス、イタリア、スペインなどでは、10%以上減ると予想されている。

 第2次世界大戦後、我々が1度も目にしたことのない深淵が、世界経済の行く手に大きく口を開けている。

 このためEUは、5月27日にコロナ危機からの復興計画を発表した。このプロジェクトに、2021~27年の間、1兆8500億ユーロ(約222兆円)という天文学的な予算を投じるという。いわば、欧州をコロナの傷痕から立ち直らせるための、「第2次マーシャル・プラン」だ(マーシャル・プランとは、第2次大戦の被害から西欧諸国を復興させるために、米国が行った支援プロジェクト)。

 興味深いのは、復興計画の中心に地球温暖化対策に関する投資が据えられているということだ。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、このプロジェクトを「グリーン・リカバリー(緑の復興)」と呼び、

 「持続可能性があり、デジタル化を行い、危機に対する抵抗力のある欧州を作ることが目標だ」

 と述べている。

 具体的には、復興のための公共・民間投資の主軸を、再生可能エネルギーの拡大やモビリティ転換(電気自動車や燃料電池車の導入)、製造業の非炭素化など、持続可能性のあるプロジェクトに置く。

「緑の水素」を最も重視

 欧州委員会のフランス・ティンマーマン副委員長は、

 「EUの新たな戦略は、クリーンなエネルギーへの転換のためのテクノロジーを支援することだ。たとえば再生可能エネルギー、水素エネルギー、蓄電池、エネルギー蓄積技術、二酸化炭素(CO2)の分離貯留、持続可能性のあるインフラなどである」

 と発言。また欧州委員会でエネルギー問題を担当するカドリ・シムソン委員も、6月15日に行った演説の中で、

 「この大規模な投資計画の中核は、環境保護のためのグリーン投資だ。私は未来のテクノロジーへの投資と技術革新が、コロナ危機からの復興と抵抗力強化に不可欠だと考えている」

 と述べている。

 例を挙げれば、「復興・抵抗力ファシリティー」というプロジェクトでは、加盟国が発電事業の非炭素化を実行する際の資金として、5600億ユーロ(約67兆2000億円)を準備する。また、デジタル化・グリーン転換・気候変動対策のための研究開発プロジェクトである「ホライズン・ヨーロッパ」には、940億ユーロ(約11兆2800億円)を投じる。

 さらに、褐炭の採掘に依存している地域で、脱褐炭政策によって職が失われる多くの市民のため、「公正なエネルギー転換のための基金」を創設し、産業構造の転換や失業者の救済措置を実施する。

 加えてEUは、

 「2050年までにEUから排出される温室効果ガスの量を正味ゼロ(これを気候中立と呼ぶ)にするには、水素ガスの実用化が不可欠だ」

 として、7月8日に「水素エネルギー戦略」を公表した。

 欧州ではエネルギー部門からのCO2が減る傾向にあるが、交通部門や製造業ではほとんど変わっていない。その対策として、トラックやバス、船舶などの燃料や、製鉄所、化学産業で使われるエネルギー源を化石燃料から水素に変えることを目指しているのだ。

 「再生可能エネルギーからの電力を使って水素を製造すれば、生成過程でのCO2の排出量はゼロになる」 

 と、EUは指摘する。風力や太陽光など再生可能エネルギーだけから作られた電力によって水を電気分解して、水素を製造する。この水素を製造業界や交通機関のための燃料として使用すれば、CO2を大幅に削減することができるのだ。

 この「緑の水素」を最も重視し、現在の水素製造能力(1ギガワット=GW)を、2030年までに少なくとも40GWまで引き上げるというが、それは資金面にも表れている。

 「2050年までに水素エネルギーの実用化プロジェクトに投資される資金の額は、1800億~4700億ユーロ(21兆6000億~56兆4000億円)にのぼる」

テクノロジーの輸出も

 ドイツのコロナ対策もEUと軌を一にして、気候変動政策を重視する。

 メルケル政権は、6月3日に総額1300億ユーロ(約15兆6000億円)の景気刺激策を公表した。中心となるのは半年間にわたる付加価値税の引き下げや中小企業支援だが、気候保護策も組み込まれている。57項目の景気対策の内、16項目(28%)が、電力、エネルギー転換、地球温暖化・気候変動対策に関連している。

 電気自動車(EV)とプラグイン・ハイブリッド車(最高4万ユーロ=約480万円まで)で新車を購入する市民への補助金については、2021年末までの2年間に限り、3000ユーロから6000ユーロ(72万円)に増額する。自動車業界は、「ディーゼル・エンジンやガソリン・エンジンを積んだ車にも補助金を出してほしい」と要望していたが、政府は「温室効果ガス削減という目標に矛盾する」として、内燃機関の車への補助金を拒否した。

 その代わり、政府は自動車メーカーや下請け企業が、内燃機関の車からエコカーに軸足を移す産業構造の転換を支援する。

 さらに、病院、学校など公共施設でEVを充電できるインフラの整備や、EV用バッテリーの生産施設の構築に25億ユーロ(約3000億円)を投じる。

 ドイツ政府は、EUに先駆けて今年6月に「国家水素エネルギー戦略」を発表し、

 「水素エネルギーの実用化について、世界のリーダーになる」

 という方針を打ち出した。

 同国は国内での水素製造能力を増やすだけではなく、中東やアフリカなどの国々にテクノロジーを輸出して、これらの国々から水素を輸入する計画も持っている。

 メルケル政権は、水素実用化プロジェクトに90億ユーロ(約1兆800億円)の国費を回す方針だ。再生可能エネルギーによる電力から生成される水素の問題点は、化石燃料に比べてコストが高いことだ。EUとドイツが今後、研究開発のための投資額を増やすことで、「緑の水素」の製造コストを下げられるかどうかが、鍵である。

 では、なぜEUは、コロナ危機対策のために多額の出費が必要な時代に、CO2削減対策にも巨額の費用を投じるのだろうか。(つづく)
 

熊谷徹
1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)、『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。3月に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)を上梓した。

Foresight 2020年7月17日掲載

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