病気は社会の弱い部分を攻めてくる――中原英臣(新渡戸文化短期大学名誉学長)【佐藤優の頂上対決】

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第2波より怖いもの

中原 私がもう一つ言っておきたいのは、コロナ関連の言葉遣いです。オーバーシュートとか、ロックダウンとか、なぜか横文字ばかり並べますね。一番変なのは、ソーシャル・ディスタンスですよ。その言葉には特定のグループを排除するという意味合いがあるでしょう。

佐藤 差別的ですよね。むしろフィジカル・ディスタンスです。

中原 そうです。あるいはソーシャル・ディスタンシングとすれば、ちゃんとした英語です。

佐藤 こうした傾向は、小池都知事になってから加速しましたね。

中原 東京アラートなどもさっぱりわからない。毎日、危ない、危ないと言われて、ある日、緊急事態宣言が解除されたら、みんな出歩くのは当然です。そこへアラートと言われても困ります。

佐藤 第2波という言葉もおかしな使われ方をしています。

中原 北海道や北九州で感染者が増えたり、東京で再度感染者数が上昇に転じたから第2波、というのはおかしい。地域的、局地的な流行がまだあるというだけです。無闇に第2波と言っていると、本当に第2波が来た時に対応できない。

佐藤 東京都はいまの時点で財政調整基金、いわゆる内部留保を95%も取り崩してしまい、事業者に大盤振る舞いしています。第2波が来たら大丈夫なのでしょうか。しかも来年度になると、当然税収は減りますからね。

中原 私は経済のことは門外漢ですが、病気の怖さに比べれば、経済の方が大変だと思いますよ。新型コロナはインフルエンザよりちょっと怖いくらいの病気です。もし50年前に流行ったら、ほとんど死亡者は出ませんでした。高齢化社会になって、70~90代の人がたくさん亡くなっているから大きな問題になっている。

佐藤 フランスの人口学者エマニュエル・トッドが、今回のコロナについて面白いことを言っています。これは戦争だ、とみんな言っているけれど、そうではない。戦争は若い人が死ぬし、エイズでも若い人が死ぬ。それらは人口動態に影響を与えます。でもコロナは高齢者が死亡するから、人口動態には影響しない。その意味で社会は大きくは変わらないと分析しているんです。

中原 その通りでしょうね。

佐藤 でも、日本の社会には病気としてのコロナを軽視することを許さない雰囲気がありますね。この社会には戦後の生命至上主義と個人主義が根付きましたから、人が死ぬことを看過するような言説は許されなくなっている。特に政治家は、発言のコストを考えなくてはなりませんから、政策が非常に限定されてしまう。その中で実態と乖離した政策が出てきます。

中原 人間の死亡率は100%です。いずれ死ぬのに、死なない存在であるかのような議論もありますね。第2波はかなりの確率でやってくると思います。でも恐れるべきは別にあります。21世紀に入って、新しいウイルスが流行するのは、新型コロナで4回目です。2002年のSARS、2009年の新型インフルエンザ、そして2012年にMERSがあって、いまの新型コロナです。20年で四つも新型ウイルスが流行したことは意識しておいた方がいい。これから致死率の高いウイルスが出てくる可能性は十分あります。

佐藤 新型インフルエンザは日本でも猛威を振るいました。

中原 今回、誰もが医療崩壊を危惧していました。でも医者から見るとおかしな話で、この20年間、政府はずっと医療費を削減してきているんですよ。PCR検査で保健所が注目されましたが、1994年には847あった保健所は、2020年には469になっています。45%減ですよ。これは驚異的な数字です。

佐藤 病床も減っているのではないですか。

中原 はい。病床は、1990年に153万床あったのが、2015年には133万床まで減った。この時点で87%になっています。

佐藤 医療費の削減をハード面から行っている。

中原 内閣府のなかに経済財政諮問会議がありますね。昨年10月の会議では、病床をさらに13万床減らすことを提言していて、いまも撤回されていません。これは、憲法25条を無視した政策ですよ。

佐藤 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ですね。

中原 これからさらに高齢化が進み、病人が増えていくなかでも減らそうとしている。それなのにコロナが来たら大慌てで、命は大事だというのは、何か勝手な気がしますね。

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