139セーブ「松井裕樹」も大苦戦…リリーフから先発への“転向”はやはり難しいのか?

スポーツ 野球

  • ブックマーク

 昨年オフに鈴木大地、涌井秀章、牧田和久、ロメロといった実績のある選手を獲得する大型補強が功を奏し、パ・リーグの首位争いを展開する楽天。しかし、全てが順調に進んでいるわけではない。大きな誤算が抑えから先発に転向した松井裕樹の不調だ。ここまで2試合に先発したものの、いずれも5回を持たずに降板となり、6月29日には再調整のため登録抹消となっている。抑えとしては通算139セーブの実績がある投手でも、先発で結果を残すことが簡単ではないことを示す事例となっているが、果たして過去にリリーフから先発に転向して成功した例はあったのだろうか。改めて振り返りながら、松井が先発として成功するための要因を探ってみたい。

 抑えとして、万全の実績を残しながら先発に転向した例でまず思い出されるのが赤堀元之(近鉄)だ。1992年からは3年連続で最優秀救援投手のタイトルを獲得するなど近鉄の抑えとして活躍し、通算139セーブをマークしている。しかし本人は先発転向への意欲が強く、23セーブをマークした1997年のオフには先発としての調整法を訓練するために、ハワイウインターリーグにも参加している。1999年からは念願かなって本格的に先発転向を果たしたが、長年の勤続疲労もあってか度重なる故障に見舞われ、結局、先発投手としては結果を残すことができなかった。この当時の抑え投手は現在のように最終回だけではなく、複数のイニングをまたぐことも珍しくなく、その影響が大きかったとも言えるだろう。

 赤堀が台頭する前のパ・リーグの代表的な抑え投手だった牛島和彦(中日→ロッテ)も先発転向にチャレンジした一人だ。高校卒ながら早くからリリーフとして頭角を現し、プロ入り5年目の1984年には最優秀救援投手のタイトルを獲得。大型トレードでロッテに移籍した後も抑えを任されていたが、ロッテ入団3年目の1989年に先発に転向。キャリアハイとなる12勝をマークする活躍を見せた。しかし、牛島が先発として輝いたのはこの年限りであり、翌年以降は故障で大きく成績を落としている。赤堀と同様に、リリーフ時代の疲労が要因の一つだった可能性は高いだろう。

 ただ、この二人と同時期に抑えとして活躍しながら、先発転向に成功した例もいないわけではない。メジャーでもプレーした吉井理人(近鉄→ヤクルト→メッツ→ロッキーズ→エクスポズ→オリックス→ロッテ)がその数少ない一人である。プロ入り5年目の1988年から2年連続で20セーブ以上をマーク。その後は赤堀の台頭もあって先発に転向となったが、本格的に先発投手として開花したのはトレードでヤクルトに移籍してからだ。1995年から3年連続二桁勝利をマークするなどチームの二度の日本一にも大きく貢献し、メジャーでも1999年にメッツで12勝をマークしている。赤堀、牛島と違って幸運だったのは、比較的先発転向が早かったという点だろう。故障がなかったわけではないが、投手生命にかかわるような大きな怪我を負うことはなかった。そして先発に転向したタイミングで、野村克也という名監督と古田敦也という名キャッチャーとともに、プレーしたことも吉井にとっては大きなプラスだったと言えるだろう。

 最近の例では増井浩俊(日本ハム→オリックス)と山口俊(DeNA→巨人→ブルージェイズ)も抑えから先発に転向している。増井は不振に陥った2016年のシーズン途中から先発に転向。シーズン終盤の9月には5勝0敗と見事な成績を残して月間MVPに輝き、最終的にも10勝をマークしたが、本人の意向もあって翌年からは再び抑えに戻っている。

山口も2009年から4年間抑えを務めた後、不振に陥ったことをきっかけに先発に転向。2度の二桁勝利をマークし、昨年は最多勝、最多奪三振、最高勝率の投手三冠に輝いている。近年で抑えから先発に転向した投手では最も成功した例と言えるだろう。山口が成功した要因の一つは球種の増加だ。シュート系のボールで右打者の内角を突くことが増え、2019年にはリーグ最多の13死球も記録している。よく言われることではあるが、長いイニングを投げるためには頼れる球種を増やすということはやはり重要になりそうだ。

 話を松井に戻すと、ここまでのピッチングを見ていると球種以外にも問題点が見えてくる。松井の変化球と言えば代名詞とも言える鋭く変化するスライダーだが、今年は意図してカーブやフォークなども交えているように見える。だが、心の軸となるストレートが明らかに走っておらず、狙い打たれる場面が目立つのだ。元々緻密なコントロールがある投手ではなく、ストレートが生命線の投手である。スタミナ的な不安もありそうだが、まずはストレートの改善が最重要課題であり、使える球種を増やすのはその後と言えるだろう。

 通算セーブ数は多いものの、赤堀や牛島と比べると先発に転向するタイミングは早く、またここまで大きな故障も抱えていない。吉井や山口のように、自分の武器を生かしつつ、上手くモデルチェンジすることができれば、2013年以来の優勝をめざす楽天にとって、さらなる追い風になることは間違いないだろう。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月12日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。