米大統領選と「SNS」(上)トランプに恥をかかせた「Kポップ」ファン

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 11月3日に投開票が予定されている米大統領選。現職のドナルド・トランプ大統領と、民主党の大統領候補指名を確実にしているジョー・バイデン前副大統領の一騎討ちになるが、今回の選挙はこれまでとは様相が違う。

 というのも、新型コロナウィルス感染の拡大によって候補者が思うように活動できていないからだ。

空席だらけだった選挙集会

 新型コロナが少し落ち着いたかに見えた20日、トランプはオクラホマ州タルサで3カ月ぶりに選挙遊説を再開し、大恥をかくことになった。

 この遊説の少し前にトランプは取材で、

「会場は2万2000人収容できるアリーナだが、参加希望者が多すぎて隣の会議場も借りるので、4万人規模の集会となるだろう」

 と得意げに語っていた。

 事実、事前に100万人以上のオンライン予約があったという。

 それが蓋を開けてみると、当日会場は空席だらけ。その様子はニュースでも大きく報じられた。流石のトランプもあまり多くを語らなかったが、実はその裏には、ある「勢力」の存在があった。

 韓国のアイドルなどを熱烈にサポートしている「Kポップ」のファンたちだ。

 結束力が強いことで知られるKポップファンが、とある年配女性が人気動画アプリ「Tik Tok」に投稿した「オンライン登録だけして当日は欠席しよう」というアイデアに乗っかり、一気に情報を拡散させ、実行に移した。

 結局、トランプに恥をかかせる要因の1つとなり、SNSが政治に影響を与えた一例となった。

 SNS(フェイスブックやツイッター、Tik Tokなど)が政治活動に使えることが広く知られるようになったのは、バラク・オバマ前大統領時代の選挙戦からだ。それ以降、ますますSNSが広く普及するにつれ、SNSと政治の関係は切っても切り離せないものになった。

 トランプが大統領に選出された2016年には、SNSが超大国である米国の大統領選の結果に多大なる影響を与えることが証明された。

 そして2020年――。

 オクラホマでの集会のように、大統領選を巡ってSNSの存在感はさらに高まり、新たな次元に突入しているとすら感じる。

 そこで、現在の大統領選におけるSNSの現状に迫ってみたい。

ケネディに擬えられたオバマ

 はじめに、これまでSNSが選挙戦でどのように使われてきたのかについて簡単に振り返りたい。

 先述の通り、フェイスブックやツイッターを本格的に選挙戦に導入したのは、2008年に知名度の低い一候補から一気に大統領選を勝利するまでに駆け上がったオバマ前大統領だ。

 オバマは公式サイトやツイッター、フェイスブックで短いメッセージや遊説の動画を発信し、スケジュールを頻繁に更新するなどして直接、有権者に働きかけた。その効果がどこまであったのかは議論の分かれるところだが、少なくとも若者を中心に多くの有権者にオバマの存在が知られていった。

 このオバマの手法は、かつてジョン・F・ケネディ大統領がテレビを駆使し、1960年に史上初めて放送されたテレビ討論会を最大限に利用したのと似ている、と言われている。

 ケネディは映像で健康に見えるよう前もって日焼けをして、当日はメイク担当者を雇ってイメージ戦略を取ったことで知られる。新しいテクノロジーを最大限活用したのである。

 オバマのSNS活用術はそのインパクトと同じくらいの効果をもたらしたと評された。

 それ以降、ツイッターの一般のユーザー数は急増し、オバマが初当選した2008年の400万人ほどから、2020年現在の1億5200万人に膨れ上がっている。それほどの影響力をもったSNSを政治家が利用しない理由はない。

不正操作に使われたSNS

 では、多くの問題を孕むことになった2016年大統領選でのSNSの役割は、どうだったのか。

 トランプはツイッターにどんどん自らの意見を投稿し、幅広い層にリーチした。特に、新聞を読まない層(貧困層に多い)に短く煽るようなツイートでアピールした。

 物事を客観的に評価して指摘するメディアを、上から目線の「フェイク」であるとして対立勢力に設定し、エリート層などを嫌う支持者をツイッターやフェイスブックに引き込んだのだ。その上で、カネにものを言わせた多額の広告をSNSで打ち、有権者の心をつかもうとした。

 当時トランプのデジタル戦略を担ったブラッド・パースケールは、

「SNSが選挙では相当大きな影響を与えた」

 と述べている。

 そしてその理由は、フェイクニュースを有効に使うことで形勢逆転できたからではなく、トランプが寄付で得た2億5000万ドルの選挙資金の大半がオンラインからの寄付で集められたからだと主張する。

 SNSは、選挙資金を集める重要な手段にもなったのである。

 さらにトランプ陣営は、後に問題になった英データ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ」も活用した。

 この問題は、ケンブリッジ・アナリティカにフェイスブックから8700万人分の個人データが不正に流れていたことに端を発するが、トランプ陣営はその不正なデータを分析し、特定の有権者をターゲットに心理操作を行うなど、的を絞った選挙戦略を繰り広げた。

 もう1つ明らかになっているのは、ロシアがSNSを駆使し、米大統領選を不正に操作しようと企てていたことである。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近い関係者らが関与して、ロシア西部のサンクトペテルブルクにある「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」などを使って、米国のネット世論工作を行っていたとされる。

 工作員は偽アカウントを使ったり、米国人のアカウントを乗っ取ったりしながら、トランプに有利になるようなフェイクニュースや、人種間などの分断を煽るようなメッセージを拡散させた。

 フェイスブックでは少なくとも1億2600万人にIRAの投稿がリーチし、ツイッターではIRA関連だけで3814の偽アカウントが確認されている。

フェイクニュースでもお構いなし

 こうしたSNSの影響力の高さは、日本人も最近、実感したはずだ。

 検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案の問題だ。ツイッターでの反対運動が高まり、それをメディアが大きく取り上げたことで、政府が先の国会での成立を見送るに至ったのは記憶に新しい。

 このケースは、立法という民主主義のプロセスをツイッターでの動きが変化させた国内史上初めての例だと言えるだろう。

『フォーサイト』でも『トランプ「今日のつぶやき」解説付!』を毎日報じているように、SNSのパワーを選挙戦で身をもって感じたトランプは、大統領に就任してからもツイッターを駆使している。

 実際、大統領選に勝利してからツイッターのフォロワー数は6倍以上に増え、現在は合計で8286万人まで膨らんでいるが、これは世界で8番目に多い。また1日に何度もツイートを行い、これまで合計で5万回以上もツイートを投稿している。

 ネット上には、トランプのツイートのファクトチェックをするサイトなども登場しているが、トランプは明らかなフェイクニュースも偏ったコメントでもお構いなしに、どんどん投稿する。

 世界中の外交担当者や通商担当者らがその発言を注意深くチェックしているのは言うまでもない。

 ただ、そんなトランプのやりたい放題のSNSに、違和感を持つ人も少なくなかった(つづく)。

山田敏弘
国際ジャーナリスト、ノンフィクション作家、翻訳家。1974年生まれ。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などを経て、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のフルブライト研究員として国際情勢やサイバー安全保障の研究・取材活動に従事。帰国後の2016年からフリーとして、国際情勢全般、サイバー安全保障、テロリズム、米政治・外交・カルチャーなどについて取材し、連載など多数。テレビやラジオでも解説を行う。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文芸春秋)など多数ある。

Foresight 2020年7月9日掲載

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