シンガポール「リー首相」が総選挙中に兄弟ゲンカ 弟が野党入党、兄の独裁を大批判

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 シンガポールでは現在、国会解散に伴う7月10日投開票の総選挙に向け、選挙戦が展開されている(5年任期、定数93)。“国父”と言われる初代首相のリー・クアンユー(1923~2015)の長男で、リー・シェンロン首相(68)には思わぬ敵が出現している。東南アジア情勢に詳しいジャーナリストの末永恵氏が取材した。

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 独立以来、一党独裁を続けるシンガポールで総選挙が行われている。折しも、コロナ禍によって独立以来の経済危機に見舞われている最中だ(デイリー新潮「シンガポールの危機 テドロス称賛から一転、30万人規模の大クラスター」4月28日配信を参照)。

 政権与党の人民行動党(PAP)は、感染防止策をふくめた経済対策として総額1000億シンガポールドル(約7兆7000億円)の巨額バラマキ支援で、国民の支持を集めようとしている。国営放送は連日、与党支持を全面に打ち出すプロバガンダを展開。また与党は“コロナ選挙”を逆手に取った大規模集会禁止施策によって、野党の動きを牽制している。昨年末に施行された「フェイクニュース防止法」によって、野党にとって頼りになるはずのSNSは選挙ツールとして機能していない。どころか、「国の教育助成金は外国人優先で使われている」とSNSに投稿した野党「ピープルズ・ヴォイス」のリム・ティーン党首に同法を適用するなど、締め付けを行っている。

 選挙戦を断然有利に進めるリー首相の再選は確実視されているが、身内からの思わぬ横やりが入っている。リー・クアンユー氏の次男にして、リー首相の弟にあたるリー・シェンヤン氏(62)が、亡き父が創設し兄が書記長を務めるPAPに反旗を翻し、シンガポール前進党(PSP)の入党を表明、野党支援の立場で選挙戦を戦っているのだ。

 シェンヤン氏は、兄のリー首相が総選挙実施を明らかにした翌日の6月24日、「PAPは道を見失った。現政権は(父の)クアンユー時代と違う」とPSPへの入党を表明。実兄に“宣戦布告”した。シンガポールの貧困や所得格差の解消、権力乱用の阻止、、そして東南アジア諸国で最低水準(国境なき記者団調査)とされる報道・言論の自由を、野党の活動を通じて訴えている。

 27日には、シェンヤン氏の長男、つまり“国父”の孫で首相の甥にあたるリー・シェングウ氏も「政府の『国家権力乱用』など一党独裁を阻止するため、母国シンガポールには、今、強力な野党が必要だ。そのため、私は野党の労働者党と新党の前進党に寄付をした」とFacebookに投稿。シェンヤン氏とともに、野党支援に回り、PAP打倒を堂々、宣言したのである。

 これについてリー首相は「彼(弟)が一部の政党を支持するのは、シンガポール国民としての権利だ。しかし選挙は、兄弟や一族の争いの場ではない」と冷静な対応を示している。だが、これまでシンガポールの政財界を牛耳ってきたリー一家の軋轢について、英オックスフォード大の元研究員で、現在はシンクタンク代表を務めるトゥン・ピン・ジン博士(PJ Thumという名でも知られる)は、

「シンガポールではリー一家は尊敬される存在だが、お家騒動は社会を揺るがせ、国益にも左右する。国民の大きな関心事だが、家族のスキャンダルを政治に持ち込むのは好まれない」

 とYouTubeの投稿で指摘している。

 シェンヤン氏は、30代で政界入りしたリー首相とは異なる道を歩んできた。英ケンブリッジ大、オックスフォード大で学び、シンガポール軍を退官した後には、政府系通信大手のシンガポール・テレコムの最高経営責任者を長く務め、シンガポール民間航空庁の顧問も務めた。リー一家の内情を知る関係者は、その人となりを次のように語る。

「兄と違いシャイで控えめな性格。個人の権利やプライバシーなどを重んじ、目立つことは嫌い。彼の次男は、シンガポールでは違法の同性愛者(※男性同士の性行為には2年以下の禁錮刑が科せられる)だが、シェンヤン氏は同性婚をした息子夫婦とともに、同性愛者の権利向上の集会に参加するリベラル派です。彼は若いころから『政治には興味がない』と言ってきた。でも、父のクアンユー氏への敬愛の念はとても深いものがある」

 シェンヤン氏は、不出馬の理由をFacebookで次のように明かしている。

「シンガポールの政治一家に生まれ、小さい頃から、政治の中心にいた。けれども、政界に入って、『権力』や『資力』を得ようとは思わない。何故なら、王朝のような政治は、悪の政府を生むだけで、シンガポールに『もう一人のリー』はいらない」

 シェンヤン氏は一貫して、「リー一族は政界から引退すべき」と主張してきた。そのため、今回の総選挙にも出馬もしなかった。とはいえ「権力でなく、(国の)チェンジの触媒になりたい」と一党独裁を阻止し、その躍進に尽力したいと野党に入党したのだ。

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