米中全面対決で朝鮮半島は「コップの中の嵐」に転落 日本の立場は

  • ブックマーク

寝返る準備を開始

――韓国はどうするのでしょうか。 

鈴置:まだ、分かりません。ただ、韓国政府は中国側に寝返った時の準備も進めています。韓国は半導体王国ですが、製造に必要な素材は国産化しきっていません。そこで日米企業に対し、素材の生産技術を韓国企業に渡すか韓国で生産せよ、と強く求めています。

 ポイントになるのが、光が当たると溶けるフォトレジストという物質です。半導体の回路を土台となるウエハーに掘るには、フォトレジストを塗っておき、回路の形通りに光を当てる方法をとります。

 5G用のシステム半導体は、回路の線幅が極めて細いため極端紫外線(EUV)を当てますが、それに適合する高品位のフォトレジストが必要です。

 韓国メディアはしきりに「米国や日本のメーカーがEUV用のフォトレジストの韓国生産に踏み切る」と報じます。が、それら企業のホームページでは韓国生産に関する発表が見当たらないのです。

 いずれも上場会社なので、本当に韓国生産を決めたのならその情報を開示するはずです。これから考えると、韓国政府は企業に圧力をかけつつ「韓国生産」のフェーク・ニュースを流して外堀を埋め、既成事実を作り上げる作戦と思われます。

――フォトレジストは輸出管理の対象品目ですね。

鈴置:2019年7月、日本政府は半導体関連の3つの素材に関し、対韓輸出の管理強化を実施しました。フォトレジストはその1つです。このため、この物質の「韓国生産」は韓国政府の対応策として語られがちです。

 でも、日本に対抗するなら、米国企業から高品位レジストを買えば済む話です 。韓国政府が日米企業の韓国生産にやけにこだわるのは、米政府が米国製の高品位フォトレジストの対韓輸出を止めるのではないかと恐れているからでしょう。

――韓国が中国の言うことを聞いた時の「制裁」ということですね。

鈴置:その通りです。サムスン電子が華為に5G用のシステム半導体を供給するなら米国には、日米の企業だけが製造する高品位のフォトレジストの対韓輸出を止める手があります。だから、そうされる前に韓国は技術を取り込んでおきたいのでしょう。

雌雄を決する米中

――結局、韓国、そして北朝鮮はどう立ち回るのでしょうか?

鈴置:南北朝鮮はどうしようもなくなります。米中が朝鮮半島に関心を持つから、南北が立ち回る余地も生まれる。でも、その関心が薄れるのです。

 米中が雌雄を決するべく動き出した。両大国は相手を打ち倒すことに集中します。当然、彼らにとって半島問題の優先順位は急落します。世界の覇権争いに勝てば、自動的に朝鮮半島でも有利な立場を確保できるのです。

 米国が中国を下せば、中国の対北援助を止めさせることが可能になります。そうなれば北朝鮮の非核化はぐんと簡単になる。

 一方、中国が米国を屈服させれば、日米同盟の弱体化を期待できる。強固な日米同盟があって初めて存在する米韓同盟は自然に崩れて行く。中国は労せずして朝鮮半島全体を手に入れることができます。

 もちろん、米中が睨み合うさなか、隙を狙って南北朝鮮が蠢動するかもしれません。

 でも、北が挑発行動に出たら米国は今年6月のように演習を実施し、金正恩を暗殺するぞと脅せばよい。北はおとなしくなるでしょう(「朝鮮半島は『2017年』に戻った 米朝の駆け引きの行きつく先は『米韓同盟消滅』」参照)。

 南が中国にすり寄るなら、半導体素材の供給を止めたり、金融危機に陥れるぞと脅せばいいのです。ちょっとした牽制球を投げるだけでいいのです。場合によっては、その必要もないかもしれません。

 9回裏二死で強打者を迎えた投手は、投球に集中します。走者がちょろちょろ動いても、無視すればよい。盗塁されても、強打者を打ちとればゲームに勝てるからです。

 身も蓋もない言い方ですが、朝鮮半島を巡る駆け引きは周辺大国の――現在は、米中の覇権争いの従属変数に過ぎないのです。

日本で中国を批判しても犯罪に

――「米中は世界の覇権を争う」ですか。

鈴置:香港国家安全維持法」をお読みください。もう、問題は香港の人権問題には留まりません。日本人が日本で中国共産党を批判しても、この法律を破ったことになります。

 第38条がそう規定しています。これから中国や香港には気軽に旅行できません。「中国の悪口を言っていたな」と逮捕されてしまうかもしれないのです。

 犯罪と見なされる行為も幅広く、かつ、抽象的です。この法律によれば、以下の行為などが犯罪です。

・中国を分裂させ、統一を破壊すること(第20条)
・中国政府や香港政府の転覆を図ること(第22条)
・中国と香港に対し制裁、封鎖などの敵対行為をとること(第29条)

 第29条により、中国や香港に経済制裁を科す米政府は犯罪国家となり、第31条の規定で罰金刑を科せられます。華為との取引を打ち切った企業も同じ扱いを受け可能性があります。

 幸か不幸か現時点では、TSMCやサムスン電子のような「華為に製品を売れば米国が怒って来る」ほど、影響力のある会社は日本にありません。

 ただ、米中の覇権争いが激化するに連れ、制裁対象が広がるでしょうから日本の会社も日本も、いずれ板挟みになるのは間違いありません。下手すれば、韓国よりも日本の方がつらい状況に陥ります。

属国に戻るだけ

――日本の方がつらい?

鈴置:韓国はいざとなれば米国との同盟を打ち切って、完全に中国側に行く手があります。その際、米国からは冷遇されるでしょうが、板挟みからは逃れられます。

 共通の敵を失った米韓同盟はすでに風前の灯です。もともと、朝鮮半島の歴代王朝は中国大陸の王朝の属国だった。多くの韓国人はうれしくはないでしょうが、米韓同盟の破棄を受け入れるでしょう。

 一方、日本人は米国との同盟を失うわけにはいかない。中国の風下に立つつもりはないからです。結局、日本にとって米中板挟みが常態化するのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月7日掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。