巨人・元木、宮本…「タレント上がりコーチ」の誠実が支えた原の“長嶋並び”
父親に結婚披露宴の司会を頼んだ男
就任時はあの元木がヘッドなの? え、宮本が投手チーフって……と酷評されたコーチ人事も蓋を開ければ4年ぶりの優勝。今季も開幕ダッシュに成功して面目躍如というところだろうか。その他、今シーズンから石井琢朗野手総合コーチが加入し、選手を再生・開眼させているというから好調もむべなるかな。個人的な交遊と合わせて、徳光正行が“我が軍”について綴る。
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ペナントレースも一巡しまして、我が軍(東京読売巨人軍)は10勝4敗1分という素晴らしい滑り出しを見せてくれました。今のところ負け越しなし、初戦はすべて勝っているというのは見事と言う他ないでしょう。永遠のライバル? 阪神タイガースもようやくエンジンがかかってきたみたいで、そちらに対しましてもホッと胸を撫で下ろしております~個人的に矢野監督が好きなのもありまして~。
そして個人的な記録に関しまして、原辰徳監督が長嶋茂雄終身名誉監督の1034勝に並ぶ勝ち星を挙げたことも大変喜ばしいことでございます。
私の世代(40代後半)にとっての巨人の4番は原辰徳さんでありまして、その原さんが監督として長嶋さんの勝利数に並んでこれから追い越すというのはとても嬉しいことでありますし、川上哲治さんの1066勝を超えて巨人軍監督歴代1位の勝利数を手にした日には感涙が止まらなくなること必至でございます。
思えば選手時代の原さんほどマスコミやファンそして世間に非難を浴びた人はいないでしょう。4番打者の前任者である王貞治さん、さらにその前任者の長嶋茂雄さんと比較され、「物足りない、チャンスに弱い」と罵倒され時には汚いヤジにさらされて闘ってきた人は他にいますか?
原さんはそんな中でも必死に歯を食いしばり立派に巨人軍の4番を務めあげたのです。当時の状況としましては、娯楽の多様性もなくペナントレースが始まればプロ野球中継が毎晩放送されていたので、それはそれは大変だったと思います。そしてその辛い時代を乗り切り苦い経験を基に勝負に大変厳しい指導者になられまして、通算1034勝・リーグ優勝8回・日本一3回・世界一1回という凄まじい成績を残されたことはさすが! と唸ることしかできません。
まさに最高の勝負師だと思います(変な意味ではなくて)。
さらに今回の第3次原政権はコーチ陣の人選が素晴らしい。すべてのコーチ陣について触れたいのですが、個人的に面識があったり仕事をしたことのあったりする元木大介ヘッドコーチ、吉村禎章作戦コーチ、宮本和知投手チーフコーチ、そして水野雄仁巡回投手コーチについて少しお話しさせていただきます。
まずは吉村禎章作戦コーチと水野雄仁巡回投手コーチですが、父が主催しますゴルフコンペなどでご一緒したことがあるのですが、大変穏やかな人柄で懇切丁寧にボールとの向き合い方などを教えてくださいまして、教わった直後はびっくりするほど効果が出てスコアアップにも繋がりました。その結果を見て一緒に喜んでくださる姿を思い出しますと、この方々に教わる選手も幸せだろうな~なんて思えてなりません。
水野さんとはこんな話もあります。今から数十年前、水野さんが現役の頃1度目の結婚をなさった時、携帯電話がない時代ですから私が両親と暮らす自宅に水野さんが電話をかけてきまして、父に結婚披露宴の司会を頼まれたのです。当時父も多忙でありまして、なかなか直接電話に出ることができずにこれはたまたまなのですが、私が電話に出る機会が多く取り継ぎというか間に入って父に伝えるということをしていましたら、水野さんはなんと「正行くん、いろいろありがとう。お世話になったから是非披露宴に出席してよ」と言ってくださったのです。
徳光の息子だから巨人の選手に会うのなんて簡単だろう? と思っていらっしゃる方も少なくないでしょうが、そんなことはありませんで、そのようなこと言っていただいた時には「憧れの水野投手の披露宴に行ける、巨人の選手に会える」と思い、天にも昇る気持ちになりました。そして出席させていただきましたら、当然周りは巨人の選手だらけで緊張していたことを今でも鮮明に覚えております。そして帰り際水野さんに一言「しっかり勉強してちゃんと大学に行くんだよ」とのお言葉まで頂戴しました(結果しっかり勉強しなかったので大学に入るのに3年の時間を要してしまいましたが)。
その後も水野さんとは交流をもたせていただいて、父のゴルフコンペ以外でもプライベートでゴルフをさせていただいたりしておりましたので、水野さんの評論家時代にも「週刊ジャイアンツ」という番組でご一緒したりしておりまして、その卓越された理論を是非コーチになって選手に伝えて欲しいと感じておりましたので、一昨年投手コーチに就任なさった時はとても嬉しく思いました。
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