金正恩の“緊急事態”、ベンツ現れず、午前6時の駅の鐘…平壌市民の当惑と覚醒

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平壌市民の生活難の打開について討議したのは史上初

 しかし、住民は金与正をこれまで一度も直接目にしたことがなく、金与正は北朝鮮のため特段の功績を示したこともない。単に金正日総書記の娘というだけの理由で、宮殿で豪華な食事を楽しんでいた「白頭血統姫」が突然メインストリームに現れたわけだ。そんな人物が“私に従え”といくら声高に叫んでも、老幹部に完全に忠誠を誓わせるのはそう簡単なことではないだろう。

 さはさりながら、絶対的な独裁体制が整ってから75年。おとなしい羊のように手なずけられた北朝鮮の幹部や住民は、金与正が国の権力を独占する姿を見て、仮にひっくり返したい気持ちがあったとしてもそれを成し遂げるほどの力があるわけではない。体制に順応して暮らしているのが実情だ。

 差し当たって平壌の人々は、起こりうる金正恩氏の“身辺有事”に備えて思いを巡らせているという。平壌市民は中央政治の多くの行事に動員され、中央の消息により多く接することができる。また彼らの半数以上は派遣や勤労、旅行など様々な名目で海外に出かけた経験があり、国外の情報をよく知っている。

 そのため平壌の人々は、例えば何らかの事件や事故、不平不満が生じると、平壌市党や中央党に直接申告するようになったそうだ。以前は申告をした結果、地方に追いやられる事態を恐れて自制したが、今は言うべきことを伝える度胸がついてきた。先に、「おとなしい羊のように手なずけられた」と表現したが、暴政を恐れてやむなく従うのではなく、手続きを踏んで党に知らせる利益追求行動に出たようなのだ。そういった平壌の人々の厳しい視線を恐れた党は、今年6月、党中央委員会政治局会議で、史上初めて平壌市民の生活難の打開について討議する必要に迫られている。

 北朝鮮がいくら内部の実態を隠そうと努めても、心臓部というべき平壌に住む人々は、以前とは異なる現象を目にして疑義を呈し、将来、何らかの異変が起きた時に自分たちはどのように振る舞うべきかを常に考えている。彼らは北朝鮮という巨大な監獄を脱出し、徐々に自由世界への扉を開いていくことになるだろう。

 仮に金正恩が死んでも、また金与正や金正哲に権力が移っても、北朝鮮が大きく変わることはない。北の幹部と住民はこのような現実を抵抗なく受け止めている。金与正は権力基盤を新たに再編し、忠実な側近をすべての重要な機関に配置して、住民に新しい独裁者に対する忠誠洗脳教育をさせれば、権力継承も可能だと考えるかもしれない。もちろんそうなるかもしれないし、ならないかもしれないが。

 覚醒した平壌市民から北朝鮮変革の一歩が始まったのだろうか。

 それが統一への歩み、金正恩一党がいない平和な朝鮮半島への歩みになるためには、韓国と国際社会の積極的な支援が重要なのは間違いない。

金興光(キム・フンガン)
北朝鮮の平壌金策工業総合大学電子工学卒業後、咸興共産大学で博士号を取得。2003年に韓国へ脱北し、2006年には韓国政府内の統一部北朝鮮離脱住民後援会課長を経て現在、(社)NK知識人連帯の代表を務めながら韓国内で対北専門家としてTV、新聞、YouTubeなどで活躍中。 http://www.youtube.com/c/NKtv3

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月3日掲載

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