金正恩は病床に…報道に写真・動画ナシは前代未聞、初のTV会議への超違和感
偽りのショー
去る6月24日、動向が詳細に報じられなくなってから72日目に金正恩は健在だという情報が伝えられた。もっとも、労働新聞の短い記事のみ。金正恩に関連する報道に写真や動画が掲載されなかったのは、金正恩の権力継承以後、初めてのことだ。最高尊厳(金正恩)に対する偶像化を最高の国事と考える北朝鮮が、金正恩の写真もなく党中央軍事委員会予備会議をしたと報道することは、絶対的な唯一の独裁体制下ではあり得ない。金正恩に何が起こっているのか。北で博士号を取得した専門家が綴る。
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金正恩が参加したという党中央軍事委員会予備会議は、記事として出ただけで、最初からそのような会議は行われていなかったようにも見える。やっていないことを行ったかのように写真や動画で装うことはできるが、それが見破られるというリスクは当然つきまとう。
あえて「偽りのショー」と言ってしまうが、困難を押してまで、北朝鮮はなぜこのようなことをしなければならないのか。金正恩の健康悪化説と金与正をめぐる権力委譲説を注視する国際社会からの疑いの眼差しに戸惑った北朝鮮は、早期に疑惑を晴らす必要性を痛感したのだろう。そして何よりも、北朝鮮国民たちの間で「南北対決が最高潮の重大な時期に、金正恩はどこにいるのか」という声が高まっていることとも無関係ではなさそうだ。
金正恩は4月12日の国営メディアでの報道後に姿を消して、次に姿を見せたのが5月1日。多くの群衆を動員した大きな工場の竣工式にその姿を認めることができた。その後に2度現れたものの、限られた数の側近に囲まれ行われた会議動画にちらっと登場したに過ぎない。潜行が長くなるにつれて取り囲む人の数が次第に減っている。動向が報じられた4月12日以降、70日以上経ったが、これだけの日数があるなら、ミサイル実験を複数回行っていても不思議ではないし、地方や工場の見学を少なくとも数カ所こなしているはずだ。
恐らく病床に臥している金正恩を健在に見せるには、3つの関門がある。その1は、金正恩と区別がつかない完璧な代役を準備することであり、その2は、動画撮影のためにその代役と接触する側近の口止めを徹底すること、そしてその3は、捏造された映像の信憑性を高めるため、金正恩だけができると信じうる振舞いを見せることだ。
もちろん3つそれぞれは困難だらけだ。金正恩に体型を似させ、顔に整形手術をした代役を準備したとしても、4K映像時代に実際の金正恩と代役の差を識別することは容易だろう。幹部の口止めも大変だ。かなり人数を絞って接触者から秘密誓約書を受け取り、保衛部を付けて徹底的に監視するとしても、外国の情報機関や北朝鮮住民に秘密が漏れるのは時間の問題だろう。
それでも、金正恩の健在を見せつけるために、金与正ら北朝鮮が作った“作品”が、「金正恩が党中央委員会予備会議をテレビ会議で行った」という報道だった。この創作のポイントは「予備会議」と「テレビ会議」にある。ここには彼らの徹底した計算が見え隠れし、苦悩ぶりが感じられる。
その会議には、党中央軍事委員会1副委員長の李炳鉄(イ・ビョンチョル)と一部の委員が出席したと伝えられた。北朝鮮の中央軍事委員会委員は、頻繁な変動があり、正確には分からないが、2020年5月時点では13人だった。そのうち数人だけが出席したと報道するなら、本会議ではなく予備会議にしなければならない。しかし、北朝鮮には最初から予備会議という概念はなかった。04年まで北朝鮮の党学校教授だった私を含め、多くの北朝鮮専門家は、金日成、金正日統治の時期に遡っても予備会議という名を聞いたことがなく、実際にそのような記録はどこにもないはずだ。
これまで一度も行ったことがないこの「予備会議」に出席した中で、名前が明らかになっているのは、李炳鉄たけだ。彼さえ秘密を漏らさなければ、行っていない会議のでっちあげは成功する。
さらに、最高指導部が集まって行う会議をテレビで実施したこともまた、私が知る限り1度もない。仮に新型コロナ感染予防のためだとしても、それ以前は金正恩が工場竣工式や党中央軍事委、党中央委、政治国会など群衆行事や側近会議に出席していたことの説明がつかない。むしろ北朝鮮は、新型コロナ患者が1人もいないとWHOに報告した奇怪な国なのだ。
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