見えてきた新しい農林水産業の姿――末松広行 (農林水産省 事務次官)【佐藤優の頂上対決】

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広がる農業の可能性

佐藤 今回のコロナで、各企業は急速にデジタル化を進めていますが、農業もAIやデジタル技術を使ったスマート農業が導入されつつありますね。

末松 AIを活用した農業は、日本ではすごくうまくいくと思います。なぜならAIは、お手本がしっかりしているほど、よく学習できるからです。日本には匠の技術があるし、おいしいものを作る技術があります。それを学ばせるわけですから、より高いレベルで生産効率のいい農業ができるようになる。

佐藤 ドローンや無人トラクターは、もう活躍していますよね。

末松 はい。北海道のような広大な場所はもちろんですが、中山間地帯のような地理的条件の不利なところでも、そうした新しい技術で、上り下りなどの負担を大きく軽減することができます。

佐藤 そうすると日本の美しい棚田が保存できる。

末松 自動走行技術は日本が進んでいるので、このままどんどん進化させていくべきです。新しい技術は田んぼや畑で試せばいいんですよ。

佐藤 人が多く、規制のある都市ではできませんからね。農地で技術を確立したものを、さまざまなところに応用していけばいい。

末松 農林水産業は技術や知見の蓄積の場として利用できます。それはペットについても同じです。人間を治療する前に、ペットでさまざまな先進医療の治験ができる。

佐藤 獣医さんたちがネコのコロナウイルスについての研究を熱心にやっていますね。ネコは発症して猫伝染性腹膜炎になると、かなりの確率で死んでしまいます。我が家も猫が7匹いるので、コロナに感染していないか、調べました。

末松 飼い主が藁にも縋る思いのときに先端的な治療をしてあげるのは大切なことです。しかもそれが人間に役立つことになるなら、ここにも力を入れていく必要があります。

佐藤 そこは農業の潜在力ですね。では、バイオマスはどうですか? 末松さんはかつてバイオマスに関してイニシアティブを発揮され、政策として実現されました。でも最近は、あまり話題になりませんね。

末松 これは私が2002年に内閣参事官として小泉内閣の官邸に入るきっかけとなった政策ですが、これからの農林水産業は、食べ物を作るとか、材木を作るだけではなく、そこからいろんな化学物質や工業原料、あるいはエネルギーを作るなど、さまざまに展開していかないといけないと考えたんですね。そこで「バイオマス・ニッポン総合戦略」を作りました。最初は経産省と縄張り争いのようなこともありましたが、最終的には7府省で取り組むことになりました。

佐藤 実際に発電事業などが始まりました。

末松 バイオエタノールやメタン発酵、そして発電といった事業が動き出したのですが、最初は盛り上がったものの、いまはちょっと停滞しています。この間、関連の研究会に行ったら、「日本はバイオマス・ニッポン総合戦略で先行したけれども、いまは各国が追いついて、追い越した」という発表があって、すごく悔しかった。いまヨーロッパの国々では廃食用油からバイオディーゼルを製造する制度を整えて、日本から廃油を輸入しているんですよ。

佐藤 そうでしたか。それともう一つ、これからの農業を考えるにあたって気になっているのは、その担い手です。就農するキャリアプランがあまり見えてこない。今後は、どのような形になるのでしょう。

末松 これからだんだんと雇用就農の時代になっていくと思います。農業法人などが人を雇うという形ですね。ある農業法人のトップの方が、ボヤきつつも自慢するように、こんなことを言っていました。自分たちは他の企業と違って、ただ大きくなっていくのではない。しっかり技術を習得して育った人は暖簾分けのように独立していってしまう。でも自分たちはその人たちとグループを組んで、一緒に発展していくのがいいと思っている、と。私もそうやって発展することが、すごくいい形だと思います。雇用された人が生き生きと働き、そのキャリアを生かして独立し、グループとなって、みんなで幸せになる。会社に入って昇進するしないの世界ではない。農業で独立する。そんな人たちがどんどん出てきたら、農林水産業はすごくいい産業になると思っています。

末松広行(すえまつひろゆき) 農林水産省 事務次官
1959年埼玉県出身。東京大学法学部卒。83年農水省入省。農水大臣秘書官、食品環境対策室長を経て、2002年小泉内閣の内閣参事官。その後農水省に戻り、環境政策課長、食料安全保障課長、林野庁林政部長、農村振興局長などを歴任して、16年に局長級人事交流で経産省産業技術環境局長。18年から現職。

週刊新潮 2020年6月25日号掲載

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