休刊「アサヒカメラ」が提起した“撮り鉄問題” 鉄道雑誌ではできない好企画の意義

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「アサヒカメラ」(朝日新聞出版)が、6月19日に発売した7月号で幕を下ろした。1926年に創刊された老舗カメラ雑誌の終焉は、時代が変化していることを感じさせる。

 現存するカメラ雑誌として最古だった「アサヒカメラ」は、“カメラ界の芥川賞”とも称される木村伊兵衛写真賞を主催。同誌を足がかりにしてスターダムにのし上がった新人カメラマンは数多い。多くのスターカメラマンを輩出しただけに、写真家のみならず多くの人から終刊を惜しむ声が聞かれる。

 写真家の登竜門でもあった「アサヒカメラ」はカメラマンにはもちろんのこと、近年では鉄道ファンにも知られた存在だった。

 その理由は、「アサヒカメラ」が定期的に組む鉄道特集にある。従来のカメラ雑誌は、プロが撮影テクニックを伝授するコーナーや新商品のレビューコーナーが誌面の大半を占める。

「アサヒカメラ」もそうした従来のカメラ雑誌と同様の誌面は存在するものの、一般的なカメラ雑誌とは一味違う方針が異彩を放っていた。

 同誌の編集方針が、大きく変わったターニングポイントは2014年。それは、佐々木広人副編集長が編集長へと昇格した時期にあたる。

 佐々木編集長は、1999年にリクルートから「週刊朝日」編集部へと転じた。「週刊朝日」では山口一臣編集長(当時)の右腕として副編集長を務める傍ら、公式Twitter開設や動画共有サービスUstreamによる“週刊朝日UST劇場”の放送など誌外でも活躍した。

 その後、一時的に編集の現場から離れるが、2013年9月に「アサヒカメラ」の副編集長として現場に復帰。そして、2014年に編集長に就任した。

「週刊朝日」で培われたジャーナリズム精神は、「アサヒカメラ」に移ってからも色濃く誌面に反映されていく。

 編集長に就任した時期、デジタル時代の到来でネット上では写真のパクリが横行していた。そうした時代背景を捉え、「アサヒカメラ」は2017年2月号で「写真を無断使用する“泥棒”を追い込むための損害賠償&削除要請マニュアル」を掲載。これが、内外から大反響を呼ぶ。

 その後も、これまでのカメラ雑誌からは想像できない、穏やかではない内容で徹底的にカメラジャーナリズムが追求されていった。

 こうした誌面はカメラマン界隈から注目を浴びたが、特に大きな反響を呼んだのが2018年2月号に発売された鉄道特集号だった。同号では“嫌われない「撮り鉄」になるために!”という一本の記事が掲載されている。

 今般、鉄道を撮ることに至上の喜びを見出す、いわゆる“撮り鉄”は世間から広く認知されている。しかし、撮り鉄が世間から認知されるようになったのはネガティブな要因が大きい。

 本来、線路端でただ列車を撮影するだけなら誰にも迷惑をかけない。ところが、先鋭的な撮り鉄は運転士や駅員といった鉄道従事者、利用者、地元住民などへ「撮影の邪魔をするな!」と声を荒らげて威嚇するケースも頻繁に目撃されていた。そうした迷惑行為が目立ち、撮り鉄は悪名によって世間から認知されてしまう。

 例えば、今年1月には山手線から旧型車両のE231系が引退することになったときのこと。引退を記念して、JR東日本は特別にヘッドマークをつけた電車を運行。それを撮ろうとする撮り鉄が沿線の撮影スポットへ押しかける事態が勃発。現場が混乱するという理由から、JR東日本は安全性を考慮してE231系の引退時期を早めた。

 また、新型コロナウイルスの感染拡大が叫ばれていた3月半ばはダイヤ改正時期にあたり、新型車両の登場や引退車両のラストランといった鉄道ファンにとってイベント多発期でもある。密を避けることが叫ばれていた時期でも、撮り鉄はお構いなしにイベント現場に集まり、密をつくり出した。

 そのほか、沿線住民が線路脇に整備した花畑や花壇を踏み荒らしたり、安全確保のために設置した柵を破壊したり、時には鉄道の運行に支障が出るような妨害行為を断行したりetc……撮り鉄による悪行は、多数報告されている。

 もちろん、撮り鉄全員がマナーの悪い撮影者ではない。暴走しているのは、ほんの一握りの撮り鉄に過ぎない。しかし、マナーの悪い撮り鉄はどうしても目立つ。一部の暴走行為が撮り鉄全員、ひいては鉄道ファン全体が、まるで犯罪者集団のような白い眼で見られるような風潮を強くした。

 従来ならば、こうした鉄道ファンの暴走を戒めるのは鉄道雑誌の役割といえる。しかし、鉄道雑誌は鉄道ファンによって支えられている。購読者を敵に回すことは、自分の首を絞めかねない。そうした事情から、鉄道雑誌は鉄道ファンの暴走に及び腰だった。

「アサヒカメラ」も、カメラの購買者でもあり雑誌を愛読する撮り鉄を敵に回せばカメラ雑誌として致命傷を負う。しかし、佐々木編集長は「ルールやマナーを守らないカメラマンは本誌の購読者としていらない」というモットーを貫き通した。ゆえに、そうしたファンの悪行にも鋭く切り込んできた。

 佐々木編集長は2019年3月に退任。後任の伏見美雪編集長も佐々木イズムを受け継ぎ、撮り鉄問題を問い続けた。

 撮り鉄問題は決して新しい話ではない。スマホが登場する以前から、鉄道ファンの間で繰り返し語られてきた問題ではある。

 今般、SNSによって一部の暴走撮り鉄による悪行は人目につくようになり、すぐに非難の声とともに拡散されるようになった。

 時代に合わせて、撮り鉄の意識も行動も変わらなければならない。そのために、警鐘を鳴らし続けなければならない。そうしなければ、鉄道ファンそのものが世間からそっぽを向かれるだろう。長い眼で見れば、それは鉄道そのものの衰退にもつながる。

 今後、撮り鉄問題に警鐘を鳴らす「アサヒカメラ」のような雑誌は登場するだろうか?

 撮り鉄のマナー向上を考える上でも、「アサヒカメラ」の終刊は大きな損失と言わざるを得ない。

小川裕夫
フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月27日掲載

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