日本の強みを残した「デジタル化」を図れ――小林喜光(三菱ケミカルHD会長)【佐藤優の頂上対決】
テレワークと成果主義
佐藤 小林会長はこの間、ほとんどテレワークですか。
小林 たまたま今日、会社に出てきましたが、3月の中頃からほとんど家で仕事をしていますよ。
佐藤 何か支障はありませんか。
小林 全然ないですよ。メールもありますし、取締役会は、社外取締役の会を含め、みんなウェブ会議なり電話会議でまったく問題ありません。自分が主体となる会議はずっとパソコンの前にいますが、成り行きをチェックすればいい会議なら、イヤホンをして庭で草木に水をやったり、金魚を眺めたりしながら参加しています。
佐藤 私は同志社大学大学院の神学研究科で教えていますが、リモートにすると半期15回が4回くらいで終わります。リモートの方が緊張感があって密度が濃く、速く進みますね。
小林 集中力がいる。だからリモートは案外疲れます。
佐藤 対面で5時間の講義がリモートだと3時間でできますが、フラフラになります。いまは2時間でやめていますが、この形だと教師の教える力量が試されます。
小林 何が本質で、何が重要なのかがはっきりしてくるんですよ。私たちはこうして体をぶら下げて、やれ背が高いだの低いだの、顔がいいだの悪いだの、どんな服を着ているだの、気にしていますが、そういう雑駁なものをウェブ会議ははぎ取ってしまう。仕事でいえば、判子です。先日も政府の規制改革推進会議でその話をしましたが、これまで三文判を使った自分自身のアイデンティフィケーション(証明)に何の疑問も持たなかったわけです。でもいまはフォレンジック(デジタルデータの調査、解析などの鑑識技術)もあって、デジタルでも充分に同一性を確認できるから、判子はもう必要ない。リモートだと、こうした本質的なところが見えてくる。
佐藤 ですからリモートワークは、成果主義になります。会社で机を並べていれば、結果は出ていないけれどあいつは頑張っているからと、そこも評価に含まれる。でもリモートなら、結果がすべてです。
小林 他にも、上司が残っているから残業するような悪弊もなくなる。そうしたことが白日の下に晒されるわけだよね。中途半端なことをしている人たちはその冷酷な現実を受け入れなければならない。
佐藤 逆にそうならないと、日本は変わらないでしょう。
小林 石炭や石油での第1次、第2次産業革命は、蒸気機関や内燃機関で人間の手足を外部化して生活を豊かにしました。第3次産業革命ではコンピュータが出てきて、それぞれの分野で利便性が上がった。けれどもいま起きつつある第4次産業革命は次元が違う。量子コンピュータの処理速度やストレージ(補助記憶装置)の容量は人間の比ではありません。量子コンピュータで演算処理を行うAIは、人知を超えた存在になるかもしれません。そうしたテクノロジーを使って今度は脳を外部化していく。もうこの流れは変えられないし、逃げられない。
佐藤 私もそう思います。学者の中には「AIに打ち勝つ子供を作れ」などと言う人もいますが、そうではなく、AIと仲良くなる子供を作らなくてはいけない。
小林 第1次産業革命では、機械打ち壊しのラッダイト運動が起きましたが、それと同じ感覚ですね。これからはシンバイオシス(共存共栄)です。AIともウイルスとも仲良くしていかなければならない。そもそも人間が万物の霊長だと思っていたことが間違いです。人間が進化の最終形態と考えない方がいい。これからは脳にチップを埋め込んで神経を操作していくような時代になりますから。そこではバーチャルとリアルがどんどん錯綜していくでしょうね。
佐藤 そうなると人間の特異性は何かという問題になります。その点で、先のハラリが最新作『21 Lessons』の最終章を「瞑想」にしたのは示唆的だと思うんです。
小林 私はそこはちょっと違っていて、瞑想も愛も恋も、情報量が増えるとAIにもできてしまうんじゃないかと思います。新実存主義的というか、やはり人間にしかできないことがあると見ている人が多いようだけど、感性だって情報量が増えれば変わってきますからね。
佐藤 確かにそうです。後白河法皇が夢中になった今様歌謡などで編んだ『梁塵秘抄』は、当時みんなが喜んで読んでいた。でもいまの私たちが心を揺さぶられるかといえば、そうではない。時間とともに感性は変わるし、その変化はそこにあるさまざまな情報に左右されます。
小林 将来は、人間とコンピュータをどうハイブリッド化させるかという問題に突き当たると思いますが、まずは、日本社会をデジタルシフトさせていかなければならない。
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