コロナ禍で中国が苦肉の“ラブソング”発表も… 求愛されたフィリピンが大激怒の顛末

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ひっこめた大ドゥテルテ砲

 さて、フィリピン国民の反感を買った中国のラブソングだが、では、国のトップにはどう響いたか。ドゥテルテ大統領は就任当初に「米国との決別」を宣言したことで知られるが、同時に大学時代には毛沢東を崇拝する地下組織フィリピン共産党(CPP)創始者ホセ・マリア・シソン氏を師と仰いでいた。実はバリバリの左翼思想の国粋主義者なのだ。ゆえに“嫌米親中”と見られることが多い(背景には、米国の植民地支配への反感、そして学生時代ガールフレンドに会いに行くためビザを申請したが米政府に却下された恨みもあるとされる)。

 そんなドゥテルテ大統領、今年2月には米国に向けて“大ドゥテルテ砲”を放った。1998年に両国の間で締結された「訪問軍地位協定(VFA)」を破棄すると一方的に通告したのだ。これはフィリピン国内での米軍活動の法的根拠を定め、合同軍事演習や南シナ海での共同パトロールなどを可能にする重要な協定であった。背景には、大統領側近のデラロサ上院議員に米国がビザを配給しなかったことへの意趣返しがあったとされる。フィリピン政府関係者によれば、「外相や防衛相に相談なく通告を米国に突き付けた」というから、ドゥテルテ大統領らしい。

 これによりフィリピンの米国離れ、その先にある中国の南シナ海での強硬支配拡大が懸念されていた。が、6月2日になり、ロクシン外相は破棄通告の停止(6月1日からの6カ月延長)を発表した。大統領の指示に基づき、「地域の政治事情を考慮したため」(フィリピン政府)の決定であるという。

 米中双方を両天秤にかけた、ドゥテルテ流の大国操縦法である。嫌米で知られた大統領の米国歩み寄りは、さらにこんな動きも見せている。

 筆者が複数のフィリピン軍事関係者に取材にしたところ、南シナ海に面するルソン島中西部の「スービック湾」に、米企業出資により、フィリピン海軍が新たな海軍基地を建設予定であることがわかった。

 スペインが1884年に海軍基地として利用を始めたスービック湾は、その後米国に管理権が移行され、ベトナム戦争や米ソ冷戦時代の要塞として機能した。1992年に撤退するまで実に100年間、世界最大の米海軍の軍事拠点だったのだ。米国にとって「中国の勢力拡大を抑止する要衝」(米外交筋)であり、東南アジア最大の軍事援助国フィリピンの、さらに重要な場所であるというわけだ。18年9月には、海上自衛隊の護衛艦「かが」が、初の海外寄港地として入港してもいる。

 シンガポールの国土を上回る総面積およそ800平方キロメートルの広大な土地は、現在、経済特区として工業団地化されている。今回、基地建設を予定しているのは、もともと韓国企業が運営していた造船所の跡地である。昨年1月にこの企業が経営破綻したことで、再建を担うスポンサーをフィリピン政府は探していた。これに米国の投資会社「サーベラス」やオーストラリアの造船会社「オースタル」ほか、中国企業の2社が手を挙げていた。「サーベラス」は、米海軍基地で軍の戦艦や軍事施設を建設する米軍の民間請負業者「ダイナ・コーポレーション」の親会社でもある。

 当初ドゥテルテ大統領は「扱いには慣れている」と中国企業を歓迎していたが、軍や国民がこれに反対。一帯一路の要所になりかねない「事実上の軍事基地化」であるとして、SNSでは〈ドゥテルテのお友達企業をパートナーとして、儲けるのか〉と大統領を国賊呼ばわりする声まで上がっていた。

 ドゥテルテ大統領は2年後の大統領選出馬に含みを持たせている。2016年に行われた前回大統領選でも鮮明となったが、フェイスブックやツイッターの影響力が絶大なフィリピンの選挙は“ネット選挙”といわれる。前回、ネット世論をリードし、ドゥテルテ氏を勝利に導いたのは、熱烈な彼の支持層であるOFW(Overseas Filipino Workers=フィリピン人海外出稼ぎ労働者)だった。フィリピンのSNSにおけるオピニオンリーダーでもある彼らを敵に回すのは得策でないと判断したのだろう。結局フィリピン政府は、中国企業を候補から外し、米国に舵を切ったのである。

 また、背景には、国民の選挙行動や政治的志向等に影響を与え、さまざまな情報操作も可能とされる米ソーシャルメディア企業の意を汲む、あるいはコロナ禍での経済立て直しに米国の協力を取り付けたい、との思惑もあったはずだ。米国防省も中国の参入阻止に動いたとされる。

 フィリピン海軍の幹部は、

「(新たな海軍基地について)米豪企業がフィリピン政府と交渉最終段階に入っている」

「米豪2国が施設や桟橋、発電設備などを建設するほか、造船所には米軍などの戦艦などが入港するだろう。将来的には、米軍に駐留してほしい」

 と話す。フィリピンと米国は2014年に新軍事協定「防衛協力強化協定(EDCA)」を結んでおり、ここには米軍によるフィリピンの軍事基地使用も盛り込まれている。スービック湾がフィリピン軍の新たな基地となれば、米軍の同湾への本格回帰になる可能性もあるのだ。フィリピンと米国の急接近に、中国は内心ピリピリしている、といったところだろう。

 最近では南シナ海を管轄とする「区分」設置を中国が発表するも、ベトナムが反対を表明(フィリピンも同調)。マレーシアの国営石油会社「ペトロナス」の開発海域で中国の調査船が同社委託の採掘船「ウエストカペラ」を追尾し、マレーシアからも非難の声が上がっている。

 さらに、中国が南シナ海に引く境界線「九段線」などに反対する書簡を、インドネシアが国連本部に提出していたことも明らかになった。昨年末にはインドネシア領のナトゥナ諸島で中国漁船団が操業した件でも、インドネシアは駐中国大使を召還するなど、強硬姿勢を標ぼうし、中国に揺さぶりをかけている。

 もはや、ラブソングで「片思い」の恥をさらけ出すより、“一つの海”に関わる野心を潔く捨てたほうが、よっぽど大国としてのメンツがたつだろうに、とお察しするのだが……。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月17日掲載

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