コロナ禍で中国が苦肉の“ラブソング”発表も… 求愛されたフィリピンが大激怒の顛末
ドナルド・トランプ米大統領は5月29日、世界保健機関(WHO)からの脱退を表明。WHOが「中国寄りの姿勢」であるというのがその理由である。新型コロナウイルスの発生源が武漢市とされており、国際社会の中国に対する姿勢は厳しさを増す。そこで中国は、思わぬ策に出たのだが……。東南アジア情勢に詳しいジャーナリストの末永恵氏がレポートする。
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6月11日現在、新型コロナウイルスによるフィリピンの感染者数は2万2474人で、死者は1011人。数々の暴言・失言から「アジアのドナルド・トランプ」と称されるロドリゴ・ドゥテルテ大統領のもと、厳しいロックダウン措置がとられてきたこの島国にも、中国発のウイルスは、大きな打撃を与えている。
6月9日、ドゥテルテ大統領と中国の習近平国家主席は、国交樹立45周年を記念する祝電を交わした。習国家主席は「近年、両国間の政治的相互信頼が深まり、両国は発展の鍵となる時期にもあり、協力の見通しは明るい。フィリピンで新型コロナウイルス感染が拡大することは中国にとっても他人事ではない。フィリピンとともに困難を乗り越えていきたい」と強調。これに対し、ドゥテルテ大統領は「当面、世界の安全と安定の持続は挑戦を迎えており、新型肺炎など非伝統的な脅威が日増しに浮彫となっている。フィリピンと中国の関係をさらに強化することは非常に重要だ」と応えた。しかし、2人の言葉とは裏腹に、ことはそう簡単にはいかないようだ。
一つの海
南シナ海をめぐる問題から、かねてよりフィリピンには、中国に反感を抱く国民が多かった。そこにきてのコロナ禍で、さらなる“反中”を恐れたのだろう。在フィリピンの中国大使館は、中国とのコロナ協力友情ソングを4月末に発表した。「Iisang dagat」(中国語タイトル「海的那邊」のタガログ語訳)と題された楽曲で、意味は“一つの海”である。
中国によるフィリピンへの医師団派遣やマスク寄贈といった友好を讃える主旨の曲で、作詞は新任の中国大使・黄渓連氏、歌うのは中国の外交官ら。タガログ語と中国語の歌詞を併記した上でYouTubeにて公開されたのだが、現在、「Good」評価が約4000であるのに対し、「Bad」の数はじつに約22万。フィリピン国内で大ブーイングが起きており、さらには曲の撤回を求める署名がオンライン署名サイト「Change.org」に約1万5000件も集まっている。
曲のタイトルからしてまずかった。YouTubeにアップされた映像には、コロナ禍でマスクをつけて励む医療従事者やフィリピンの街並みなどと共に、なぜか南シナ海も映し出される。“一つの海”とは、南シナ海なのだ。
フィリピンは11年から「南シナ海」の呼称を「西フィリピン海」に改めている。13年には、領有権を主張する中国をオランダの常設仲裁裁判所に提訴。16年に中国の実効支配は「法的根拠がない」との判決が下された。
こうした因縁があるにもかかわらず、楽曲で歌われるメッセージは「私たちは遠く離れているけれど、“一つの海”の共同体だ」「どんな困難も、この“一つの海”の中で協力していこう」……。中国の国家的野望を歌っているとして、「南シナ海はフィリピンのもの」「中国政府のプロパガンダはいらない」との不評が南シナ海に轟いている。
フィリピンの海洋問題専門家であるジェイ・バトンバカル教授は、フィリピンの最大手民間テレビ局「ABS-CBN」の取材に、
「この曲は中国政府がフィリピンから西フィリピン海(南シナ海)を略奪する意志があることを表明したものと、誰もが理解している。コロナで中国が支援したからといって、代わりに西フィリピン海を奪うことはできない。コロナ支援を巧みに利用し、西フィリピン海の中国支配を非難するフィリピン国民を誑かそうとする意図も見え隠れする」
と語り、中国の無謀なやり方に呆れかえっている。
実は中国がこうした“ラブソング”を作ったのは今回が初めてではない。19年には国交樹立45年を記念し、マレーシアに宛てた『左肩』を発表してもいる。ここで歌われるのは、
「(私の右肩が)いつでも風や雨からあなたを守り、(私の左肩も)あなたの支えになり続けるから、困難な山々を手を携えて乗り越えましょう!」
という友好だ。この曲が作られた当時は、マハティール政権が誕生し、親中のナジブ政権から、対中姿勢が大きく転換していた最中であった。発表の前年に行われた会談でマハティール首相は「新植民地主義は受け入れない」と習国家主席に告げ、中国主導の一帯一路計画にノーを突き付けてもいる。窮地に立たされると歌で取り繕うとする構図は、今回と同じである。
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