失業者増大でも「失業手当」「休業手当」もらえない「制度の落とし穴」

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「3月末で会社をリストラされたのですが、未だに失業手当を受給できていません。10万円の特別定額給付金も振り込まれないし、生活は逼迫し始めています」

 と、アパレル関係企業に勤めていた30歳の男性が明かす。

 本来、失業した場合や自己都合で退職した場合、一定基準を満たせば一定期間、いわゆる「失業保険」(正式には「雇用保険」)によっていわゆる「失業手当」を受給できる。

 だがいま、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって職を失った人たちの中で、失業手当を受給できていない人が急増している。

 まずは、以下の3つのデータを見て欲しい。

【表1】の「完全失業者数」は、2020年の年明け以降、増加の一途を辿っている。

 しかし一方で、公共職業安定所(以下、ハローワーク)で新規に求職の申し込みが行われた件数(「新規求職申込件数」=【表2】)は、1月こそ前月よりわずかに増加しているが、その後は減少が続いている。つまり、失業者は増加が続いているのに、なぜかハローワークで求職の手続きを行った人は減少しているということだ。

 そして、失業手当の受給に至った件数である【表3】の「雇用保険基本手当受給資格決定件数」は、2、3月には1~2%程度増加したが、4月には大きく減少している。

 失業したのに求職せず、手当てももらっていない人が増えている――。

 このような不可解な現象が起きているのは、会社、失業者、ハローワーク各々に原因がある。

ハローワークが“オーバーヒート状態”

 まずは、会社側の問題。

 周知の通り、新型コロナ感染拡大防止のための対策として、外出自粛、休業要請により経済が急激に冷え込んだ。この結果、多くの会社で業績が悪化して失業者が発生したわけだが、会社がリモートワークや休業状態にあり、加えて、異例の規模の退職者を出していることで、「退職手続き」が滞っている点がある。前出の30歳男性もこのケースだ。

 経験のある方はご存じだろうが、失業保険の申請には、絶対に必要なものがある。それは、「離職証明書」(離職票)だ。

 離職票は退職した会社から発行されるもので、間違いなくその会社に勤めていたという証明書でもある。会社に所属していた期間、退職前の給与水準などとともに、離職の理由が書かれている。この離職票がなければ、失業保険の受給手続きはできない。

 ところが、会社側の退職手続きが滞ったことで、退職者(失業者)への離職票の発行が遅れているという事態が起きており、これが新規求職申込件数や雇用保険基本手当受給資格決定件数の減少に結び付いているのだ。

 次に、失業者側の問題である。

 明日からの生活費に事欠く失業者としては、いつ手にできるか分からない10万円給付を待つより一刻も早く失業保険を受給したい。当然共通の心理によってハローワークに多くの失業者が手続きに訪れ、ハローワークが“3密”状態になったことは日々の報道でも伝えられた。結果、新型コロナ感染を恐れ、多くの失業者がハローワークに出向かなくなった点があげられる。

 同時に、企業業績が急激に悪化していることで、求職そのものが減少し、また、失業者側にも、

「いま仕事を探しても条件の良い求人はないだろう」

 という判断が働いた可能性も高い。結局、失業者が“巣ごもり”することで非労働力化したわけだ。

 そして、ハローワーク側の問題だ。

 最大の問題は、事務処理能力である。無論、感染防止対策として来場人数、時間の制限を行っていたこともあるだろう。加えて、前述のように通常時よりもはるかに多くの失業者がハローワークに“殺到”したことで、ハローワーク側の事務処理能力が“オーバーヒート状態”になってしまった点があげられる。

 たとえば10万円給付にしても、マイナンバーカードによるオンライン申請でも様々なトラブルが生じたし、さらに申請者が直接役所に殺到して窓口に1日並んでも手続き出来ない事態が全国各地で発生した。同様の状況がハローワークでも生じたことは想像に難くない。

 こうした事態に対して、当然ながらハローワーク側も様々な対策を打ち出している。

 4月17日からは郵送やインターネットでの求職申し込みを可能にした。また厚生労働省は5月26日、失業保険の支給日数を従来よりも60日延長する方針を打ち出している。

 だが、これらの改善が行われても、決定的な問題は解決されていない。それは、失業手当の受給が決定されるためには、必ずハローワークの窓口での手続きが必要になるからだ。

 実は、失業手当の受給決定に当たっては、「説明会」が開催される。失業者が会議室に一堂に集められ、失業手当の仕組みや求職活動などについて説明を受けるのだが、この説明会に出席することが義務付けられている。

 つまり、新型コロナ禍という前例のない事態であっても、ハローワークでは通常と同様の手続きを行わなければならない制度のままなのだ。結局、必要な人になるべく早く失業手当を支給する、という趣旨に相反する事態になっている。制度の外形は整っているように見えても、その実、「大きな落とし穴」がぽっかり口を開けているのである。

受給方法の見直しを

 さらに深刻なのは、このように失業していながら失業手当の受給ができていない人が増加している状況は、今後一段と大きな問題になる可能性があることだ。

 政府は、このたび6月12日に成立した2020年度第2次補正予算で、「休業支援金制度」を盛り込んだ。これは、会社から休業を要請されたにもかかわらず、休業期間中の給料が支払われない人たちに対して、給付金を支払う制度だ。直前の8日、「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律案」として閣議決定され、国会に提出されていた。

 本来、会社が休業要請した従業員に対して休業手当を支払った場合には、雇用調整助成金制度により、支払った休業手当が会社に補填される(一定条件を満たす中小企業の場合は最大8割まで)仕組みになっている。しかし、事前に休業要請の「計画書」を提出しなければならず、その添付書類も量が多く煩雑で、しかも審査に時間がかかりすぎることなどから、とりわけ中小企業ではこの制度を利用しない企業が多かった。今回の「休業支援金制度」は、その救済措置として考えられた仕組みであり、従来の制度を利用していない企業の従業員が休業を余儀なくされた場合、直接、個人で給付金を申請できるようにしたのである。

 ただし、申請方法などの詳細はまだ明らかになっていないが、基本的には、従業員が会社から「休業証明書」を受け取り、ハローワークに申請する方法が検討されている。

 だが、この方法は、「離職票」を会社から受け取り、失業手当をハローワークに申請する形式と“瓜二つ”だ。となれば、会社からの「休業証明書」発行が滞る、あるいは、ハローワークの事務処理が追い付かない、という失業手当と同様の問題が発生することが容易に考えられる。結局は、休業手当も失業手当と同様にいつまでたっても受給できないまま、という人が大量に発生する可能性がある。

 政府は、失業手当の受給が遅々として進んでいない実態によくよく目を向けるべきであろう。

 その上で、必要な人が早く手当を受け取れるように、さらには休業手当についても、失業手当の“二の舞”にならないよう、受給方法についての見直しを早急に行うべきである。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2020年6月16日掲載

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