杉山剛士(武蔵高等学校中学校校長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
高校時代には失恋せよ
杉山 私は昨年校長になってから、生徒たちと面談を続けています。昼休みを使って、だいたい1チーム6人くらいで校長室に来てもらう。高校3年生から始めて、1年でようやく高校1年生まで終わりました。彼らに聞くのは過去、現在、未来です。「なんで武蔵に入ったの?」という過去、「いまの武蔵での生活はどう?」という現在。そして「たった一度しかない人生をかけて何をやりたいのか」と、未来の姿を尋ねるんです。
佐藤 それは興味深いですね。
杉山 そうすると、生徒たちはほんとうにさまざまなことを語ってきます。そこで私も、人生における成功は何かとか、何を獲得したいのか、と問いを重ねます。
佐藤 生徒には貴重な体験になりますね。
杉山 本当に自分たちがやりたいことを見つけさせ、そのために何をすればいいのか、それを通じて何に貢献するのかについて考えさせる。人生の構想力を身につけてもらいたいのです。
佐藤 まさに未来の人づくりですね。
杉山 いま未来がどんな世界になるのか、ほんとうにわからなくなってきました。もちろん少子化や高齢化は進みますが、テクノロジーの進み方や環境問題、そして現在のコロナウイルスなど、先行きがますます不透明になっている。その中で生徒たちに、未来を生きる力を身につけさせねばなりません。文科省が「主体的で多様な他者と協働する力」とか「キー・コンピテンシー(人生の成功と正常に機能する社会のために必要な能力)」などさまざまなことを言っていますが、それらはすでに武蔵ではやってきたことです。現場から見ると、それだけでは足りない。いま必要なのは、どんどん挑戦して失敗し、その失敗を乗り越えて立ち直り、またみんなとやっていくような力ではないかと考えています。
佐藤 失敗する経験は、私も非常に重要だと思います。
杉山 よくレジリエンス(回復力)と言いますが、教育をやればやるほど、挑戦や危険から遠ざけ、レジリエンスが育っていかない状況があります。そこは意識しないといけない。
佐藤 チャレンジすること自体、ハイリスクでローリターンと受け止める風潮がありますからね。
杉山 そうです。
佐藤 私は高校時代には、まず恋愛で失敗しておいたほうがいいと思っています。一つには、自分の成績とか努力では思い通りにならないことがあるとわかる。もう一つには、恋愛をすると母親が中立的でない介入をしてきますから、母親が100%の味方ではないと知ることができます。
杉山 子離れ、親離れですね。
佐藤 公立の共学校ならそれがうまく学校生活に組み込まれていますが、男子校だと、これは課題になります。私は親から子離れはできないと思っています。子供から親離れするしかない。
杉山 なるほど。
佐藤 そのためには、友達と話をする、小説を読む、あとは先生が親子を隔てる話をチクリチクリとする(笑)。そして大学に入る時には、下宿をすることですね。
杉山 佐藤さんは、大学から京都で一人暮らしですね。私は大学院を出て教員になった時に家を出ましたが、確かにそこは大きな節目でした。
佐藤 大学を受ける前から、家を出ると決めておく。そうするだけでも早く親離れできると思います。
杉山 確かに一人暮らしや恋愛をする中で、人生は大きく変わっていきますからね。
佐藤 たとえそこで失敗しても立ち直る力が身についていればいい。それには学生時代の経験が大切だし、失敗を許容できる環境も必要になります。それが学校ですね。
杉山 武蔵の「ワクワク・ワイワイ」の中には、失敗を許容できる文化がある気がしますね。そうでないと、何かやってみよう、みんなでやろうということになりませんから。
佐藤 失敗を許容する文化は、やり直せる安心感があって生まれてくるのだと思います。失敗してもこの学校ならやり直せると思えるかどうか。私も東大や早稲田に進学していたら、たぶん学生運動で退学させられていたと思います。同志社の神学部だから大目に見てもらえたわけです。考えてみると、その後の人生で起きることは、たいてい学生時代に鋳型ができます。武蔵生もここで経験したことが後の人生で必ず生きてくる。将来、何か問題に直面した時、「あの時に経験したことと似ている」とか「こういう奴いたよね」とその記憶が蘇る。武蔵はミクロコスモス(小宇宙)なんです。
杉山 まったくその通りだと思います。10代に学校で経験したこと、その時に吸っていた空気というのは、その後の人生の基盤になります。みんなでつるんだり、一緒にタガを外して遊んだり、そして失敗しても許容し合う。先行きの見えないいま、そうした仲間集団を作ることが、中等教育機関に求められていると思います。
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