「大学」から「他分野」まで取り込む米PGA「帝国化」の野望 風の向こう側(73)

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「米国の主要なスポーツの中で、我々こそが最初に再開するものとなる」

 と言い続けてきた米男子ツアー(PGAツアー)のジェイ・モナハン会長は、その「公約」通り、6月11日から14日に「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」(米テキサス州フォートワース「コロニアルCC」)を無観客で開催した。

 米女子ツアー(LPGAツアー)がいまなお再開の日時や形式を確定できず、さらにはフランスで開催予定だったメジャー大会「エビアン選手権」は中止を発表したばかりだが、その傍らでPGAツアーは世界のゴルフ界の先陣を切って動き出した。

 振り返れば、新型コロナウイルス感染拡大が激化し、PGAツアーが休止状態に陥った3月半ば以降、モナハン会長は終始この「最初(ファースト)」という言葉にこだわりを見せてきた。

 だが、よくよく考えてみると、PGAツアーは常日頃から「史上初」「ナンバー1」という具合に「1」という数字を目指し続けてきた。

 実際、ツアーの規模や賞金額、選手層、技術レベル、観客動員数等々、どこからどう眺めてみてもPGAツアーに取って代わるプロゴルフツアーは、世界のどこにも存在しない。

 いや、厳密に言えば、今年のはじめごろには「PGL」(プレミア・ゴルフ・リーグ)なる新ツアー構想が出回り、賞金総額10ミリオン(約11億円)規模の大会を年間18試合も開催する等々、PGAツアーに対抗しうる内容が提示されて、一時期はさまざまな情報が交錯した。

 当時は、モナハン会長が、

「他のツアーに出たら、PGAツアーのメンバー資格は失われる」

 と警告めいたメモを選手たちに配ったほどで、さすがのPGAツアーも大なり小なり危機感を感じていた。

 しかし、このコロナ禍でPGL構想はすっかり影をひそめ、その一方で、PGAツアーはますます存在感と立場を強め、まるで「今こそ」と言わんばかりに組織のさらなる体制固めを精力的に推進している。

 その先に見え隠れするものは、可能な限りを傘下に収め、世界に君臨する巨大な「PGAツアー帝国」だ。

世界中から頂点への道筋を整備

 PGAツアーのすぐ下に、下部ツアーとして「コーン・フェリー・ツアー」(「ウェブドットコム・ツアー」が2019年6月より名称変更)が存在していることは、ご存じのことと思う。

 かつては、PGAツアー選手を目指す予備軍たちが腕を磨く場所、あるいはシード落ちした選手たちが再浮上を狙って腕を磨き直す場所という位置づけだった。

 もちろん、今でもコーン・フェリー・ツアーは、そういう役割を担っている。だが、昨今の同ツアーは、むしろPGAツアーに最も近い「なかなかスゴイ場所」と思われるようになり、イメージも、どこか暗い「下積み感」から、前途洋々の明るい雰囲気へと様変わりしている。

 なぜならば、コーン・フェリー・ツアーのさらに下方に、下部ツアーが3つもできたことで、同ツアーの位置づけが相対的に上がったからである。

 2012年、PGAツアーは以前から小規模ながら運営されていた「カナディアンツアー」を傘下に取り込み、「マッケンジー・ツアー・PGAツアー・カナダ」とした。さらに同年「PGAツアー・ラテンアメリカ」を、2年後には「PGAツアー・チャイナ」を、やはり現地ツアーを取り込む形で傘下に置いた。

 これら3つのツアーは「インターナショナル・ディベロップメンタル・ツアー」という名称で括られ、各々のツアーの年間成績上位者は、翌年からのコーン・フェリー・ツアー出場資格を得ることができる。いわば、世界各国の下部ツアーで「頂点」を目指して鎬を削るプロたちが大志を抱いて米国へ渡り、コーン・フェリー・ツアーへ、そして最高峰のPGAツアーへと進んでいくための道筋が整備されたと言っていい。

大学ゴルファーの「青田買い」

 そうやって、PGAツアーの名を冠したツアー組織を米国内から国外へ、世界へと広げているだけでも目を見張るものがあるのだが、PGAツアーのアグレッシブな動きは留まるところを知らない様子で、今度は「インターナショナル・ディベロップメンタル・ツアー」のそのまた下に「PGAツアー大学」なるものを創設した。

「大学」と言っても、校舎やキャンパスを創設したわけではなく、ゴルフ学科のような特別な講義を行うといったものでもない。

「PGAツアー大学」は、端的に言えば、米国の大学ゴルフ部の学生たちをPGAツアー傘下へ取り込むための施策である。

 若年化に拍車がかかっている近年のゴルフ界では、プロ転向の年齢が早まったり、大学離れが進んだりという傾向が見られる。だが、最低限の学業習得は必要ということで、大学生ゴルファーたちにきちんと時間をかけて学習し、カレッジライフも体験することを推奨するという意味で打ち出されたのが、この施策だ。

 しかし、同時にこの施策は、優秀な大学生ゴルファーをPGAツアーが「青田買い」するための施策と見ることもできる。

 大学に必ずしも4年間在籍する必要はなく、「卒業が見込まれる」という何かしらの書面と「卒業を目指す」という本人の意志があれば、この「PGAツアー大学」への申請は可能となる。

 そして、無事「入学」となれば、成績や事情に応じて、前述した「インターナショナル・ディベロップメンタル・ツアー」への出場資格が得られ、それぞれカナダやチャイナ、ラテン・アメリカへと旅立っていく。

 そこで生き残った選手、勝ち抜いた選手は米国に戻って上部ツアーへ、そしていつかはPGAツアーへと進んでいく。

 そうやって、すでに巨大となっているピラミッドにさらに縦横無尽にルートを張り巡らせ、裾野を広げ、土台を一層強固にしていく体制づくりは、まさにPGAツアーの帝国化と言っていいのではないか。

中止でも即座に代替試合

 ところで、この「PGAツアー大学」はPGAツアーによるリスクマネジメントの1つでもある。

 今年はじめに前述したPGLなる新ツアー構想が浮上したように、ライバルとなりうる新ツアー構想がいつ再浮上しないとも限らない。その対策として、優秀な大学生ゴルファーを卒業前からPGAツアーのピラミッドに組み込むことで、いざというときの「PGAツアー離れ」を防ぐことができる。

 こうしたPGAツアーのリスクマネジメントは、コロナ以前から、さまざまな面で行われている。

 たとえば、PGAツアー再開後の5戦目になるはずだった「ジョンディア・クラシック」(7月9~12日、イリノイ州)は、

「感染防止対策上、観客を入れての開催は困難。しかし観客を入れられないのなら大会を開催しても意味がない」

 として、今年は中止を決めた。

 すると、PGAツアーは即座にその週に代わりとなる新大会を創設しようと動き出し、大会名こそ未定だが、あっという間に開催を決めてしまった。

 新大会は、大のゴルフ好きで下部ツアー出場経験もある米プロバスケットリーグ「NBA」のスター選手ステファン・カリーが大会ホストを務める「カリーの大会」となり、カリーのスポンサーの1つでソフトウェアサービスを手掛ける「ワークデイ」社が大会をスポンサードすると見られている。

 開催コースは、その翌週の「ザ・メモリアル・トーナメント」の舞台である「ミュアフィールド・ビレッジGC」(オハイオ州)を使用し、2週連続同じ場所とすることで急場をしのぐ。

 だが、この「カリーの大会」創設構想は、実を言えば、以前からカリフォルニア州で立ち上げることが検討されていた。だからこそ、ジョンディア・クラシックが中止になったとき、PGAツアーはすぐさま代替大会を開催できるはずだと考えることができたのだ。

 備えあれば、憂いなし。PGAツアーのシステムは、どこを眺めてみても、代役の代役、そのまた代役が控えている。

「可能性はエンドレス」

 さらに興味深いのは、そのカリーがワシントンD.C.にある「ハワード大学」に多額の寄付をした上で、伝統的に同大学に多い黒人学生がゴルフを学ぶための「ゴルフ部」を設立し、6年間にわたって支援していくプログラムを1年前に創設していることだ。

 ゴルフの裾野を広げ、ゴルフファンとゴルファーを増やすことにつながるのであれば、ゴルフ以外の他フィールドのスターであっても、どんどん取り込み、活かしていくという姿勢がPGAツアーにはある。

 折しも、5月にはコロナ禍のチャリティ・マッチとして、タイガー・ウッズ(44)とフィル・ミケルソン(49)に、米プロアメフトリーグ「NFL」のスターであるペイトン・マニングとトム・ブレイディが加わった「ザ・マッチ・チャンピオンズ・フォー・チャリティ」が行われ、ケーブルTV史上最高の580万人が視聴し、2000万ドル(約21億6000万円)ものチャリティを集める大成功を収めたばかりだ。

 ゴルフ界のスターと他分野のスターを組み合わせるこうしたチャリティ・マッチなら「その可能性はエンドレスだ」と言われ始めており、次回はNBAのスターか、メジャーリーグのスターか、それともハリウッドスターとともにプレーすることになるのだろうかと話題になっている。

 ある面ではPGAツアーの名の下に組織化を強め、他面では境界線を取り払って「優れもの」を取り込んでいく。

 そうやって「PGAツアー帝国」は日々、大きく強く拡大しつつある。

※※※【「夢体験オークション」のご報告】※※※

 前回の本欄『「ゴルフのチカラ」でみんなのために「夢体験オークション」で支援の輪を』(2020年6月3日)でお伝えした「夢体験オークション」は、「モノ」ではなく「コト」を出品するチャリティ・オークションだった。

 欧米ではポピュラーなチャリティ手法だが、日本ではあまり馴染みがなく、日本のゴルフ界においては初の試みだったのだが、想像以上に大きな反響が得られ、私は発起人として胸を撫で下ろしている。

 6月1日から7日まで「Yahoo!」が運営する「ヤフオク!」内の「エールオークション」のコーナーで公開された第1弾には、私を含む7名が思い思いの「コト」を出品。進藤大典キャディや市原弘大プロとの夢のラウンドは、それぞれ約15万円、約16万円で、驚くなかれ、私と一緒に過ごす「1日ゴルフジャーナリスト体験」が最高額の約18万円で落札され、合計70万円超のチャリティが集まった。「自分がコトを出品するのはためらわれるが、寄付だけでも」と、永森佐知子プロからは6万5000円の寄付が寄せられた。

 みなさんの多大なるご協力に心から感謝しています。ありがとうございました。

 そして、8日からは第2弾も展開。谷原秀人プロによる個人レッスン、「日本女子プロゴルフ協会」(JLPGA)小林浩美会長による「大会リモート生解説」や「湘南CC」での所属プロとのラウンドなどが出品され、入札は14日で終了した。

 今後も、ゴルフ界のため、社会のためにさらなる企画ができないか模索中です。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年6月15日掲載

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