感染者が減るとワクチンが開発できない? 製薬現場のジレンマ

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 ワクチンの臨床試験は三つのフェーズで行われる。フェーズ1は、少人数の健康な成人を対象にした有効性と安全性に関する試験。フェーズ2は、健康な人を対象にワクチンの接種量、接種スケジュール等を明確にするための試験。フェーズ3は、大規模な集団において有効性と安全性を確かめるための試験。森下教授が開発するワクチンは7月にフェーズ1に入るわけだが、海外で開発が進むワクチンには、すでにフェーズ2や3に入っているものもある。その一つがアメリカのバイオ企業「モデルナ」が開発を進めるワクチンだ。

「モデルナ社が開発しているのはRNAワクチンと呼ばれるもので、現在、フェーズ2の臨床試験に進んでいて、7月にもフェーズ3に入る、と発表されています」(森下教授)

 フェーズ1の臨床試験では、対象となった45人のうち、最初に2回接種した8人全員に抗体ができたことを確認したという。

 一方、すでにフェーズ3に入っているのが、イギリスのオックスフォード大学と製薬大手「アストラゼネカ」が開発を進めるワクチンである。

「オックスフォード大のグループが開発しているワクチンはウイルスベクターワクチンと呼ばれるもの。最大1万人規模で臨床試験をすると発表されています」

 と、森下教授。

「このワクチンは風邪のウイルスであるアデノウイルスに、遺伝子情報をもとにして新型コロナウイルスのスパイクのタンパク質を入れたものです。ただ、風邪のウイルスを使うため、発熱したり、風邪の症状が出たり、肝機能障害を起こしたりすることもある。過去には死亡事故が起きたケースもあります」

 言うまでもなくワクチンは健康な人が接種する。それゆえ100%の安全性が求められるわけだが、その開発に携わる関係者の前には、実に厄介な問題が横たわっている。

「感染者が少なくなってくると、健常者にワクチンを打っても、本当に感染しないのか検証し、ワクチンに効果があるのかどうかのデータを出すことが難しくなります」

 と、森下教授は言う。

「オックスフォード大の教授は、『今年初めは9月までに有効なワクチンが開発される可能性は80%だと言ったが、現時点では何も成果がない可能性が50%あると言わざるを得ない』と言ったそうです。感染者が減少しているため臨床試験の結果が出ない可能性がある、ということです」

 感染者の減少がワクチン開発を妨げるとは、何とも悩ましいジレンマである。

週刊新潮 2020年6月11日号掲載

特集「逆襲の『コロナ』」より

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