宝塚4人殺傷事件で「ボーガン」に注目 高い殺傷能力も銃刀法に該当しない“飛び道具”

国内 社会

  • ブックマーク

「助けて、甥に撃たれた」。民家を飛び出した野津百合江さん(49)が隣家に必死に救助を求めて倒れた。「どうしたんですか」と応対した女性は体が震えた。矢のようなものが野津さんの耳から反対の耳へ貫通していたのだ。

 6月4日午前10時15分頃のことだ。兵庫県宝塚市の閑静な住宅街。通報で駆け付けた警察が百合江さんの親類の野津宅に飛び込むと、野津マユミさん(47)と母の好美さん(75)が既に死亡していた。いずれも頭部に矢が刺さっていた。英志さん(22)は矢が二本頭部に刺さったまま、意識不明状態で病院に運ばれたが間もなく死亡した。百合江さんも重傷。死傷者4人の惨事となった。

 宝塚署は逃げようともしなった野津英滉(ひであき)容疑者(23)を殺人などの疑いで逮捕した。祖母好美さん、母マユミさん、弟の英志さんと暮らしていた。叔母の百合江さんは電話で呼ばれたらしい。昨年大学を中退していた野津容疑者は素直に犯行を認めているが動機は不明だ。近所の人たちは「きちんと挨拶する子だった」と話す。犯行形態は4人に相当の怨恨があることをうかがわせるが、解明が待たれる。

 衝撃の事件で注目したいのが家族殺害に使われた「武器」である。周囲は叫び声も聞いていない。銃の発射音もない。刃物やハンマーなどを振り回すドタバタ音もない。毒殺のように時間もかけず、不気味なほどの「静かで素早い複数殺人」を実現させたのがボーガン(洋弓銃)である。クロスボーともいう。被害者は一軒家のそれぞれ別の部屋で順番に殺された。一緒にいたのなら二本目以降の矢を装填する間に取り押さえられたかもしれない。

 さて、ボーガンは誰でも簡単に入手でき、ネット通販でも買える。免許も登録も要らない。矢の先端が吸盤になっている子供のおもちゃのような2000円くらいの安いものもあるが、5000円くらいのものからは矢の先が尖るようだ。高価なものは50万円もする。アーチェリーや和弓に比べてずっとコンパクト。今回使われた物も、弦が7cmほどだ。頑丈な手袋をして両手で弓を掴み、背筋力を使って引っ張りフックにかける。引き金を引けばフックが外れて、短い矢が飛ぶ仕組みだ。スポーツ競技や娯楽として使われるが、威力のあるボーガンは100メートル先の的を射抜く力があるというから、至近距離なら今回のように人の頭蓋骨を打ち抜くことは難しくない。銃の場合は火薬の炸裂の衝撃や反動も激しく、訓練していないとコントロールが定まりにくいが、今回、ボーガンを使った野津容疑者が4人を相手に一本も外さずに頭を射抜いていることも恐ろしい。

 ボーガンによる殺傷事件は過去にもあった。11年には広島市で27歳の男が父親に矢を放った。13年には川崎市で19歳の少年が母親の頭に矢を放った。いずれも直後に別の凶器で殺している。動物の殺傷もあった。

 今回、過去の事件以上の殺傷力を見せつけた宝塚市の事件に衝撃を受けた菅義偉官房長官は発生日の6月4日、定例会見で「クロスボウ(洋弓銃)などの弓矢にさらに規制を設けることは、その使用実態や事件の発生状況などを踏まえながら必要に応じて検討を行っていく」と述べたが、具体的な規制方法については言及を避けた。

 筆者がボーガンを初めて知ったのは半世紀以上昔の小学生の頃だ。親が見ていたテレビドラマ「ウィリアム・テル」(題名がこうだったかは不明)。ロッシーニの名曲もこれで覚えた。悪代官と戦うスイスの「伝説の英雄」ウィリアム・テルはボーガンの名手。カッコいいなと思って自分でちゃちなものを作ろうとしたことがあった。テルが息子の頭の上のリンゴを射貫く際に使ったのは、普通の弓ではなくボーガンである。スイスにはテルのそうした絵や像があるそうだ。

 ちなみにボーガンは和製英語である。日本ボウガン射撃協会(東京)によれば、1960年代に日本に入ってきた頃、クロスボーでは意味が分かりにくく英語のボウ(弓)とガン(銃)を組み合わせた言葉で普及させたという。なぜか古来、日本では武器として使われなかったが、中国や東アジアでは戦争でも使われ、「弩(ど)」と表現される。「超弩級」の形容はここから来る。

「銃刀法」とあるから弓矢は入らない。ボーガンを所持しても銃刀法違反にはならない。しかし、ある警察OBは「だからといってどこでも持ち歩いていてよいわけではない。競技大会に持参するなどの正当な理由なしに持ち歩いていると軽犯罪法違反になります。ボーガンを使って山野などで狩をすることは狩猟法違反になる。日本では危険な武器のようにも思われている面があるが、欧米ではフェンシングのサーベルと同様、スポーツの道具として捉えられ国際大会も盛んです。歴史や文化の差もあるでしょうけど」と話している。

 これまで規制は自治体任せで「無規制」だった。今回の事件で兵庫県は慌てて18歳未満への販売を禁止する青少年愛護条例の有害玩具類にボーガンを緊急指定したが、その程度では甘いだろう。一定程度以上の威力のあるボーガンの所持は免許制や登録制にするなどの対策が必要ではないか。

 免許制の猟銃は勝手に銃身を切断して短くするのは銃刀法違反になる。隠して携行しやすくなるからだ。現時点では違法ではないから所持している人も多いため、急にボーガンの所有を「銃刀法違反」として規制対象にするのも難しい。とはいえ、入手も極めて容易く、アーチェリーや和弓に比べて隠し持つことも容易で人の頭蓋骨を打ち抜ける恐るべき「飛び道具」を「スポーツのための道具」を盾にして放置するべきではない。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月8日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。