「経済制裁」「新型コロナ」二重苦で再始動する金正恩の「瀬戸際作戦」(上)

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 北朝鮮の各メディアは5月24日、「朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議」が開かれ、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長がこれを指導したと報じた。

 金党委員長は4月11日に党政治局会議に出席したが、故金日成(キム・イルソン)主席の誕生日である4月15日に毎年行っていた「錦繍山太陽宮殿」訪問をしなかった。

『CNN』は4月20日、

「心臓手術を受け、重篤な状態にあるという情報がある」

 と報じ、健康不安説が世界に広がった。

 しかし、金党委員長はメーデーの5月1日、平安南道順川の「順川リン酸肥料工場」完工式に出席し、健在を誇示した。

 だがその後、再び公式の場から姿を消した。

 その動静に関心が集まっている中、約3週間ぶりに今回の拡大会議に登場したのである。党中央軍事委員会の開催は昨年12月に「党中央委総会」に先立って開催されて以来、約5カ月ぶりだ。

 そして、約3週間の「潜伏」を経て姿を見せたこの党中央軍事委員会で討議、決定された内容は、北朝鮮情勢を再び深刻な局面に誘導しかねない内容を含んでいるように見える。

「国家防衛力と戦争抑止力」

 北朝鮮の報道によると、今回の拡大会議は、

「国家防衛力と戦争抑止力をより一層強化しなければならないという必須的要求」

 を強調した。

 北朝鮮は2016年から2017年にかけて、米国に到達することのできる核搭載可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に邁進し、それは2017年11月の新型ICBM「火星15」の発射実験成功となって結実した。

 北朝鮮のICBMが大気圏再突入の技術を獲得したかどうかは不明だが、北朝鮮はこの「火星15」の成功で、米国の核の脅威に対抗する「戦争抑止力」を獲得したとした。

 北朝鮮はこの成功を武器に、2018年から「平昌冬季五輪」参加、4月の板門店での「南北首脳会談」、6月の「米朝首脳会談」と対話攻勢を掛けるが、2019年2月のハノイでの米朝首脳会談決裂で、大きな挫折を経験した。

 その後2019年を通じ、固体燃料を使った「北朝鮮版イスカンデル」といわれる短距離ミサイル「KN23」、北朝鮮版「ATACMS」(陸軍戦術ミサイル)と見られる新型地対地ミサイル、新型大口径多連装ロケット砲、超大型多連装ロケット砲といった、韓国軍や在韓米軍を攻撃できる新兵器を次々に開発して「国防力の強化」に励んだ。これが「国家防衛力」の一層の強化であった。さらには2019年10月、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」の発射に成功した。

「国の核戦争抑止力をより一層強化」

 こうした実績を背景に、北朝鮮は今回「国家武力の建設と発展の総体的要求に基づき、国の核戦争抑止力をより一層強化」することを確認した。

 先述のように北朝鮮は、自らの核ミサイル開発は核戦争を抑止するためのものである、と主張してきただけに、「国の核戦争抑止力をより一層強化する」とは、核開発を続けるということであり、2018年からの対話局面で口にしてきた「非核化」に背を向けるものだ。

 北朝鮮は昨年12月7日と同13日に、西海衛星発射場で「重要な試験(実験)」を行ったと発表した。特に12月13日の実験について、国防科学院報道官は、

「最近、われわれが次々と収めている国防科学研究成果は、朝鮮民主主義人民共和国の頼もしい戦略的核戦争抑止力をよりいっそう強化することに適用されるであろう」

 とし、「戦略的核戦争抑止力」に言及した。この実験は、新たな戦略兵器のロケット部分の燃焼実験だったと見られている。

 そして、金党委員長は昨年12月末に開かれた党中央委第7期第5回総会で、

「米国の核の威嚇を制圧して、われわれの長期的な安全を保証することのできる強力な核抑止力の経常的動員態勢を恒常的に頼もしく維持するであろう」

 と述べた。

 今回の「国の核戦争抑止力をより一層強化する」という方針は、この昨年末の党中央委総会での「強力な核抑止力の経常的動員態勢」という方針を、さらに一歩進めたわけである。

「戦略武力を高度の撃動状態で運用」

 今回の拡大会議の内容を見て強い危惧を感じたのは、

「戦略武力を高度の撃動状態で運用するための新たな方針(複数)が提示された」

 という発表だ。

「核兵器」という言葉を避けてはいるが、「戦略武力」とは核兵器のことである。それを「高度の撃動状態で運用する」という、分かり難い表現を使っている。

 韓国でも「撃動状態」という言葉はあまり使わない。韓国の『東亜日報』日本語版は「激動状態」と訳しているが、ハングルで書くと同じであるにせよ、これは「撃動状態」の誤りだろうと思う。

 北朝鮮の国語辞典を引いてみると、「撃動装置」という言葉には、

「撃発装置の部分品を撃動状態で維持し、必要な瞬間にそれを解き放つ装置」

 という説明があり、「撃動状態」という単語を使っていた。

 つまり「撃動状態」とは、引き金さえ引けばいつでも発射できるような状態に置くこと、と読み取れる。そうすると、北朝鮮が拡大会議で決めた「新たな方針」とは、

「核兵器をいつでも発射できる高度の状態で運用する」

 ということと見られる。

『朝鮮中央通信』日本語版は、

「戦略武力を高度の臨戦状態で運営するための新しい方針」

 と訳していた。一方英語版では、

「putting the strategic armed forces on a high alert operation」

 としていた。

 これは、北朝鮮が核兵器をいつでも発射できる臨戦状態で管理、運用するという極めて危険な方針だ。

 昨年12月末の党中央委総会では、

「強力な核抑止力の経常的動員態勢を恒常的に頼もしく維持する」

 としたが、これを一歩進めて、核兵器をいつでも発射できるように、

「戦略武力を高度の撃動状態で運用する」

 としたのである。

 一方で、米国への威嚇を狙ったプロパガンダの可能性もある。

 核兵器を常時発射可能な状態に維持するには、高度の技術力や費用が要る。さらに北朝鮮のICBMは、現時点ではすべて液体燃料を使ったものだ。

 核兵器を装着したICBMをいつでも発射できる状態で維持するには、燃料が注入されていなくてはならない。しかし液体燃料には腐食性があり、ロケット部分に燃料を注入した状態のままにしておくことはできない。

 液体燃料の注入には時間が掛かる。米国、ロシアなどは固体燃料の核兵器を保有しているので、核兵器をいつでも発射できる状態に置くことは可能だが、固体燃料を使ったICBMを保有していない北朝鮮では、それはまだ難しいと見られる。その意味で、今回の北朝鮮の「新たな方針」は液体燃料の注入をシステム化し、最短時間にする方針かもしれない。

 北朝鮮は、昨年は固体燃料を使った短距離ミサイルや多連装ロケット砲の開発に邁進したが、おそらく今後は、固体燃料を使ったICBM開発を目指すであろう。昨年の短距離ミサイルや多連装ロケット砲の開発は、ICBMの固体燃料化へと向かうプロセスと見られる。北朝鮮が昨年10月に発射実験に成功したSLBM「北極星3」は中距離ミサイルだが、燃料は固体燃料だ。ICBMの固体燃料化も近づいてきている。

「砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」とは

 また、今回の拡大会議では、

「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置が講じられた」

 とした。

 北朝鮮が2016~17年に実施したミサイル発射実験は、「朝鮮人民軍戦略軍」が主導したものであるが、2019年に行われた固体燃料を使った短距離ミサイルや多連装ロケット砲の発射実験は、「朝鮮人民軍砲兵部隊」が主導したものであった。

 後述するが、今回、現役の軍幹部では最高の軍階級である「次帥」に昇格した朴正天(パク・ジョンチョン)総参謀長は、人民軍砲兵局長出身である。2019年の砲兵部隊の画期的な新兵器開発が、朴正天総参謀長に「次帥」という地位を与えたとも言える。

 関心を抱かざるを得ないのは、「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」とは何か、という問題だ。

 北朝鮮の核兵器開発は、これまで米国を攻撃目標にしてきた。ある意味で、同胞である韓国に対して核兵器は使わない、という暗黙のメッセージがあったと言ってよい。

 しかし、今回の「諸措置」が、韓国や在韓米軍を対象にした「戦術核」を意味するのではないかという見方が出ているのだ。

 先述したように、北朝鮮は昨年、固体燃料を使った北朝鮮版イスカンデルと言われる短距離ミサイル(KN23)、北朝鮮版ATACMSと見られる新型地対地ミサイル、新型大口径多連装ロケット砲、超大型多連装ロケット砲という4種類の新兵器の発射実験を行い、成功させた。

 この4種類の新兵器はすでに、実戦配備に移行しつつあると見られる。

 さらに問題なのは、こうした新兵器に「戦術核」を搭載しようとしているのではないか、ということだ。特に短距離ミサイルKN23には十分に戦術核を搭載することが可能であると見られている。そうなれば、火力打撃能力は「決定的に高まる」だろう。

 朝鮮戦争(1950~53年)が終了し、在韓米軍には1958年から地対地ミサイル「オネストジョン」や280ミリメートル核大砲などの戦術核が大量に持ち込まれた。在韓米軍に配備された戦術核は、一時1000発近くに達したが、米国のジョージ・ブッシュ(父)政権が1991年に在外米軍基地からの戦術核撤収の方針を打ち出し、盧泰愚(ノ・テウ)韓国大統領(当時)は1991年12月に「核不在宣言」をした。

 韓国では近年、保守勢力の側から、北朝鮮の核開発に対抗するために在韓米軍に戦術核を再配備すべきだ、という主張が出始めている。北朝鮮がもし、戦術核の開発・配備に動き出せば、韓国にとっては米国を対象にしたICBMよりリアルな核危機となり得る。

 北朝鮮の言う「火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」が何なのかについて、今後、細心の注意を払う必要がある。

人民軍の組織再編を実行か

 昨年12月に「党中央軍事委員会第7期第3回拡大会議」が開催され、軍の組織改編が決定された。さらに今回の第4回拡大会議でも、

「武力構成における不合理な機構、編制的欠陥を検討して正すための問題、自衛的国防力を急速に発展させ、新しい部隊を組織、編成して威嚇的な外部勢力に対する軍事的抑止能力をさらに完備するための中核的な問題が討議された」

 とし、軍の組織改編を行ったと見られるが、具体的な内容には言及しなかった。

 組織再編の内容は現時点では不明だが、北朝鮮のこれまでの動きをみれば、最も可能性があると思われるのは、砲兵部門の組織強化だ。

 北朝鮮は2014年ごろ、「戦略ロケット司令部」を「戦略軍」に改編し、陸軍、海軍、航空・対航空司令部(空軍)と同格に昇格させたと見られている。北朝鮮が2016~17年に発射実験を繰り返したミサイルは戦略軍所属だが、2019年に行われた固体燃料を使った短距離ミサイルNK23などの4新兵器は、いずれも砲兵部隊所属だ。金党委員長の「砲兵重視」の流れを受けて、砲兵部門を独立させたり、格上げしたりした可能性もあると見られる。

 また後述するが、北朝鮮はSLBMの搭載可能な潜水艦を建造中であり、潜水艦部隊の創設や格上げをした可能性もある。

 朝鮮人民軍の総兵力は128万人と見られ、うち陸軍は約110万人である。通常兵器は老朽化しており、近代化から遅れた陸軍をどう活用するかが、北朝鮮軍の大きな課題となっている。

 今回の拡大会議で報じられた写真の中で、軍人に混じって人民服姿の幹部がメモを取る写真があった。記事では名前が出ていないが、写真を見る限りでは呉秀容(オ・スヨン)党政治局員である。

 呉秀容氏はこれまで、党経済部長を務めていた。昨年12月の党中央委総会で党部長職の大幅な改編が行われ、呉秀容氏が職にそのままとどまっているかどうかは不明だ。

 しかし、これまでの経歴を考えても、一貫して経済担当であった呉秀容氏が、党中央軍事委員会に出席するのはある意味異例だ。これは今後、軍が経済建設に活用されることを示唆したものではないかと見られる。

 昨年12月に人民武力相に起用された金正官(キム・ジョングァン)氏は、金党委員長が力を入れた建設事業に軍を動員した功績を評価されたといわれている。軍を経済建設に活用することが当面の課題であり、こうした面での組織的な再編の可能性もあるとみられる。

 金党委員長は、北朝鮮軍を核ミサイルの戦略軍、強力な砲兵部隊、サイバー部隊、特殊部隊、潜水艦部隊などを中心とした、強力で近代的な軍に育成する一方で、陸軍を中心とした近代化の遅れた部隊を経済建設に投入する組織改編を行おうとしているのではないかと思われる。

中央軍事委の新たな人事

 今回の拡大会議で、李炳哲(リ・ビョンチョル)党副委員長(党軍需工業部長)を党中央軍事委副委員長に選出し、党中央軍事委員会の一部委員の解任、補選を行い、軍の主要指揮官の解任・移動など新たな人事を行った。しかし、李炳哲氏以外は具体的な人事の内容は明らかにしなかった。

 党中央軍事委員会の副委員長は、金正恩政権発足直後の2012年4月の「第4回党代表者会」で、崔龍海(チェ・リョンヘ)氏が就任したが、2014年の辞任後は空席になっていた。その職責を李炳哲氏が引き継いだ形となった。

 李炳哲氏は「金日成軍事総合大学」を卒業後、軍に入り、2008年4月に空軍司令官に就任した空軍出身の軍人だ。2010年4月に大将に昇格、同年9月に党中央軍事委員に選出された。

 2014年12月に軍から党へ活動の場を移し、党軍需工業部で第1副部長として核ミサイル開発で中心的な役割を果たしてきた。2016年5月の「第7回党大会」で党政治局員候補に選出された。2016~17年のミサイル発射実験では金党委員長に頻繁に随行し、2019年の新型兵器開発でも中心的な役割を果たした。

 昨年12月の党中央委総会で太宗秀(テ・ジョンス)氏に代わって党軍需工業部長に就任し、同時に党政治局員、党副委員長にも選出された。

 北朝鮮の核ミサイル開発で中心的な役割を果たしてきたため、2017年12月に米国の制裁対象にもなった。

朴正天総参謀長「次帥昇格」の意味

 金党委員長は5月23日付で「党中央軍事委員長命令第0015号」を発し、朴正天総参謀長に次帥、鄭京択(チョン・ギョンテク)国家保衛相に大将、崔(チェ)ドゥヨン氏ら7人に上将、金(キム)グクチャン氏ら20人に中将、李(リ)ソンミン氏ら69人に少将の軍事称号を授与する軍幹部昇格人事を行った。

 北朝鮮の軍階級で「次帥」は元帥に次ぐものである。軍の一線を退いた李明秀(リ・ミョンス)最高司令部第1副司令官や金正角(キム・ジョンガク)前軍総政治局長などが次帥だが、朴正天総参謀長は、現役軍人では最高の軍階級を得たことになる。

 北朝鮮軍は、通常兵器では韓国軍に圧倒的に劣っている。戦車や装甲車の装備面で韓国軍より優位に立つことは、経済状況などを考えればもはや困難だ。

 しかし砲兵局長出身の朴正天総参謀長は、2019年の4種の新兵器の開発で、韓国軍や在韓米軍を攻撃できる兵器のバージョンアップに成功した。先述したように、ここに「戦術核」を装備すれば、韓国にとってその脅威は無視できない。

 また、朴正天氏は金正恩時代になって登場した軍幹部であり、その意味でも金党委員長の側近勢力といえる。

 さらに、朴正天総参謀長の次帥昇格は重要な意味を持つ。

 北朝鮮軍部の3要職は軍総政治局長、軍総参謀長、人民武力相の3ポストである。最近はこの3ポストの序列は(1)軍総政治局長(2)軍総参謀長(3)人民武力相の順だった。

 今年1月に元抗日パルチザンの黄順姫(ファン・スンヒ)朝鮮革命博物館館長が死亡した際の国家葬儀委員会の序列でも、序列14位が金秀吉(キム・スギル)軍総政治局長(大将)、序列22位が朴正天軍総参謀長(大将)、序列23位が金正官人民武力相(大将)という順位であった。金正恩党委員長は参加しなかった4月12日の最高人民会議第14期第3回会議での序列では、金秀吉総政治局長長が序列11位、朴正天総参謀長が同12位、金正官人民武力相が同19位だった。

 軍階級と政治的な序列は別のものではあるが、北朝鮮軍部でこれまで定着してきた、軍総政治局長が軍総参謀長や人民武力相より上位に立つという構造が、朴正天総参謀長の次帥就任で変化するのかどうか注視する必要がある。北朝鮮軍部で続いていた、政治軍人が野戦軍人より優位に立つという構造に変化が生まれるのかどうかという問題である。

 今後は、金秀吉軍総政治局長に次帥の軍事称号を与える可能性があると同時に、金党委員長お気に入りの朴正天総参謀長が党政治局内での序列が金秀吉総政治局長より上になるかどうか。

 また現在、党政治局常務委員会は金党委員長、崔龍海最高人民会議常任委員長、朴奉珠(パク・ポンジュ)党副委員長の3人で、軍部を代表する幹部がいない。金党委員長が今後、対米関係で再び瀬戸際戦術に出た場合に、軍重視の表れとして軍部から党政治局常務委員を起用する可能性がある。

 それが金秀吉軍総政治局長なのか、党中央軍事委員会副委員長に起用された李炳哲党軍需工業部長なのか、朴正天総参謀長になるのかを注視する必要がある。

 軍を指導する党中央軍事委員会では、李炳哲党軍需工業部長が副委員長で、朴正天総参謀長は軍事委員である。一方党政治局内では、これまでの序列は、李炳哲党軍需工業部長、金秀吉軍総政治局長、朴正天総参謀長の順であった。

 しかし軍階級では、朴正天総参謀長は次帥、李炳哲党軍需工業部長や金秀吉軍総政治局長は大将で、朴正天総参謀長が上位というねじれが生まれたわけだ。

「軍事・政治・後方・保衛」の結合

 軍人事でもう1人注目されるのが、鄭京択国家保衛相の大将昇格だ。

 国家保衛省は北朝鮮の秘密警察のような組織で、住民の思想統制・監視に大きな役割を果たしている。 

 また『朝鮮中央放送』は6月2日、建設中の平壌総合病院に関するニュースを伝える中で、

「社会安全省で支援事業を行った」

 と伝えた。北朝鮮の警察組織である「人民保安省」の2000年4月までの名称は「社会安全省」で、人民保安省がもとの社会安全省に名称変更したと見られた。この名称変更も党中央軍事委拡大会議の決定であろう。社会安全省でも組織再編が進行中と見られる。

 秘密警察である国家保衛相の大将昇格や、警察組織の人民保安省の社会安全省への名称変更は、いずれも軍への監視を含めた公安・保衛組織の役割を強化する意図と見られる。

 金党委員長は拡大会議で、

「人民軍内の各級党組織と政治機関を強固に整備してその機能と役割を高め、人民軍に対する党の唯一的領導を徹底的に実現し、軍事、政治、後方、保衛の各事業をはじめとするすべての事業を徹頭徹尾、党の思想と意図に即して組織、実施するための党としての指導を強化すること」

 を強調した。

 今回の拡大会議の参加者の中で、昨年12月の党中央軍事委拡大会議で指摘のなかった「党朝鮮人民軍委員会進行委員」や「各軍種・軍団級単位の政治委員」の参加が明記された。

 金党委員長は軍内部の党組織を整備し、党の指導を徹底的に強化せよと命じている。

 金党委員長は朴正天総参謀長を次帥に昇格させたが、戦闘部隊としての軍だけが突出することを避けるために、同時に軍への党の指導強化を打ち出している点を注目すべきであろう。

 また、軍の事業を「軍事、政治、後方、保衛」という4つの機能で説明しているが、金党委員長は戦闘部隊としての軍の機能だけでなく、この4つの機能の結合を訴えているといえる。朴正天総参謀長は次帥になったが、軍への党の指導は強化されている。(つづく)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年6月5日掲載

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