妻の下の世話は意外と苦にならなかった 在宅で妻を介護するということ──在宅で妻を介護するということ(第1回)

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 一般に介護というと「子が親に」「妻が夫に」行うというイメージが強い。2018年の厚労省発表では、日本人の平均寿命は女性が87.32歳で男性が81.25歳。健康寿命も女性が長い。また、現在の高齢者の初婚時の男女の年齢差を見るとおおむね男性が3歳くらい年上となっている。そうしたことから、家庭内では自然と女性のほうが元気で、男性が先に衰えるケースのほうが多いということになる。

 ただ、実際には当然逆のケース、すなわち夫が妻の介護をすることもある。その際、家庭内ではどんなことが起きるのか。フリーライターの平尾俊郎さんは、1年半前から在宅で伴侶の介護に取り組んでいる。やってみると、意外な発見の連続で、面白さや喜びを感じる瞬間も少なくないという。

 以下、在宅で妻を介護し続ける夫からのレポートである。

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在宅って、女房を看るって、そんなに大変?

 施設に預けるか、「在宅(家で看る)」か──重度の要介護者を抱えるお宅ではいつも頭を悩ませていると思う。

 介護するのが妻で夫が全介助(食事・排泄・入浴など、生活全般の動作が自分でできない状態)の場合、奥さんのホームグラウンドは家だから「在宅」をイメージしやすい。「本当にできるのか」「どんな介護サービスが必要になるか」「肉体的・精神的に耐えられるか」の見当がつく。

 しかし逆の場合、すなわち夫が妻を介護する場合、「在宅」をイメージすることは難しい。というより、ハナから答えは出ている。長いこと外で働いてきて、家のことは女房にまかせっきりにしてきた。炊事・洗濯・掃除が小学生レベルのところへ、奥さんの下の世話、食事の介助、ケアマネや訪問介護スタッフとの応対が加わるのだ。

「金はかかるけど、面倒だから施設に入れよう」となるのが必定。近くに娘夫婦でも暮らしていなければ、「在宅」のザの字も頭をかすめないだろう。

 でも、本当にそれでいいのか。「在宅」という選択肢は一考の余地もないのだろうか──。それには、在宅介護の実態を知る必要がある。まずはわが家の現状と一日の流れをご覧いただこう。

【当時のわが家の状況】

 夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週2回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)。在宅介護を始めて1年半になる。

【1日の流れ】

08:00 起床。介護用ベッドの自動寝返りスイッチを切り、正常モードに。

08:30 おむつ交換。体温・血圧・血糖値測定。インシュリン注射(糖尿病)。

   歯磨きの介助。手指は動くが両足はマヒして動かないので、これらは

   すべてベッド上の作業となる。所要時間30分。

09:00 朝食を準備し、ベッド用サイドテーブルに運ぶ。最近は私とほぼ変わらぬ食事メニュー(食パン、サンドイッチ、牛乳)を、自力で食べるまでになった。ただし、食べ終わるまでに1時間半かかる。

10:30 クスリ(ビタミン、血糖値を下げる、うつ状態の改善、記憶力・思考力の減退を抑える、入眠など)を飲ませる。

14:00 テレビを見るため車いすに移乗。2~3時間ほどワイドショーなどを見る。ベッドから車いすへの乗り降りの介助はちょっとした重労働だ。転落・転倒しないよう神経も使う。

15:00 昼食。ケーキや茶碗蒸しなどの軽食を出す。寝ているときは抜いたり、水分補給だけで済ますことも。

17:00 訪問リハビリの理学療法士が来る。施術約40分間。この間は用事があっても、基本外出はできない。

21:00 夕食。2人分を準備し、自分が先にすます。夜は集中力が落ちるので介助が必要。食べやすいサイズに切り分け、スプーンや箸を使って何度も口に運ぶ。所要時間約1時間。

22:00 クスリを飲ませる。

23:00 おむつ交換。おむつ交換は通常朝・晩2回。3回になる日も。

23:15 ベッドを自動にセット。夜具を整え、カーテンを閉め消灯。

 こうして書き出してみると、朝から晩まで結構かいがいしく働いており、さながら専属の家政婦さんのようだ。最近はさぼっているが、「在宅」を始めたばかりのころは、このほかに朝晩15分ほどのマッサージを入念に施していた。拘縮(寝たきりで手足や膝の関節が硬くなること)を防ぐためである。でも自分では、他人が思うほど介護でボロボロになってはいないし、自分の時間が持てないストレスを抱えこんでいるわけでもない。

「ホント…。よくやるよ。だって下の世話とかするんだろう。俺ならゼッタイできない。いや、しない。間違いなく施設に預ける」──大学時代の友人や仕事先の編集者などはみな口をそろえる。親族の評判もまたいい。横浜の実家に暮らす姉などは、「あんたはエライ。なかなかできることじゃないのよ」とおだてられ、年に1度顔を出すと「大変でしょう」とウナギをごちそうしてくれるようになった。

 しかし、このギャップが前から気になっていた。「在宅は大変だ」「ましてやご主人が奥さんを看るんでしょう」という先入観に、鮮やかなクロスカウンターを決めてやりたくなったのだ。

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