新型コロナ「抗体検査」を行った「経緯」と「結果」
【筆者:坪倉正治・ひらた中央病院非常勤医(略歴は本文中に)】
福島県郡山市近くにある「誠励会ひらた中央病院」では5月半ばに、病院・介護施設に勤務する医療スタッフ(一部、関係の保育士なども含む)680名に新型コロナウイルス感染症の抗体検査を行った。
簡易抗体検査キットによる定性検査(イムノクロマト法)と、化学発光法による定量検査の両方を行い、その比較を行った例は国内ではほとんど報告がない。
本稿では検査の経緯と結果を紹介するとともに、検査の限界とこれから必要なことについて議論したい。
日本初の「内部被ばく検査チーム」で
筆者は、東日本大震災と福島原発事故後、福島県の浜通り地区で働く内科医である。もともとは血液内科を専攻していたが、震災後は放射線被ばくや公衆衛生関係の仕事が主である(感染症や検査の専門ではない)。
そのご縁で、震災後約9年間、福島県郡山市近くにある、誠励会ひらた中央病院という阿武隈高地の病院で非常勤として勤務している。
東京での新規患者数が毎日増加し、日本中の医療施設がピリピリしながら状況を見守っていた緊急事態宣言が出される直前の3月末、私は理事長から依頼を受けた。
原発事故で影響を受けたこの地域の、医療と介護を守るために、新型コロナ感染症に対する院内の感染対策の見直しと検査体制を強化したい。PCR検査と抗体検査の導入をしておきたい――。
というものである。
ご存じのように阿武隈高地は、福島原発事故により大きなダメージを受け、高齢化・過疎化・医療供給の逼迫が進んでいる。介護ニーズは上昇し、介護保険料は全国でもトップクラスである。この地域でのクラスターの発生は、それだけでダイレクトに医療や介護の崩壊を引き起こし、震災・原発事故からの復興の足かせとなり得る。新型コロナ感染症の検査に関しては、感度・特異度をはじめ様々な問題があり、何がベストかは分かっていない。しかし何らかの検査体制を敷くことで、この地域の患者発生を早期に食い止められる可能性があるのであれば、その方法を見つけ、是非やらねばならない。
そんな気持ちで、病院のスタッフと私は検査体制の構築を開始した。
ひらた中央病院は原発事故後、地域の内部被ばく検査をいち早く開始し、内部被ばくが小さいこと、ハイリスクの行為が何かを証明した。また「Babyscan」という乳幼児向けの内部被ばく検査器を日本で初めて導入し、この分野で先駆的な役割を果たしてきた。
今回もこの内部被ばく検査を構築した主要メンバーが再度集まり検討を重ねた。
院内感染対策を進めながら、4月半ばに器機の導入を開始した。PCR検査器は1カ月後の5月中頃に導入され、簡易抗体検査キット(以下キット)も4月中に手に入るかと思ったが、最終的に病院に届いたのは5月の半ばであった。その間に倫理委員会の承認を得て、各部署への周知を行った。
一時は騒然と
さて、抗体検査の結果である。
我々も驚いたことに、680名のうち、キットでIgG陽性が58名、IgM陽性が52名に認められた。キットによる抗体検査を始めた直後、病院スタッフから直ぐに連絡があった。
「IgMが出ています」
細かい説明は省くが、IgMの出現はIgGに比べて、現在新型コロナ感染症に感染中であるという可能性を示す。緊急で院内にクラスターが発生している可能性を考慮せねばならなくなり、騒然となった。
抗体検査を現在の新型コロナ感染の有無の確認に使用することは避けたかったが、IgMが出ているといわれると仕方がない。1,2 IgM陽性者を一時的に出勤停止として、PCR検査を行った。PCR検査は保健所が直ぐに行ってくれて結果は陰性。ひとまずは胸をなで下ろした。
その後2週間の経過で院内での明らかな感染者の発生はなかったことも加えておく。
【注1:キットによる抗体検査を始める前から、陽性者の出現とその対応の検討は行っていた。IgGが陽性になった場合、PCR検査をするかその導線は?といった内容の検討は行っていたし、IgMが数名陽性になるかも?とは考えていたが、IgM陽性が検査者の8%近くに出現することまでは恥ずかしながら十分想定できていなかった。】
【注2:最初からIgMを検査しないという手もあったが、キットの液体が浸透する同一ライン上にIgMとIgGの両方があるタイプのキットだった。そのため片方だけを検査することが出来なかった。】
キットでIgM陽性者のPCRが陰性であり、ひとまず胸をなで下ろしたのはいいが、次の疑問が生まれた。
「このキット本当に大丈夫なの?」
「色々な場所や国で簡易抗体検査が行われ、○○の場所で○○%という発表がなされるが、それは一体何なのか?」
説明書をみると、感度92%、特異度97%との記載があり、アジアやヨーロッパのいくつかの国でも承認され、その精度に関する論文も少しずつ出始めている。
我々はPCR検査を行うと同時に、キットの精度を確かめるため、定量的に抗体検査を行うチームに連絡をした。
「東京大学先端科学技術研究センター」の児玉龍彦先生である。
児玉先生は震災直後の放射線の問題の時から我々を助けてくださり、今回も連絡すると、当日の夜中に直ぐに快諾の連絡をくださった。
児玉先生らの検査は「YHLO」社のもので、化学発光法である。実際に東大病院や慶応大学病院などでも器機が導入され検査が進んでいる。
この検査の詳細と幹事会、ファンド元については、日本医師会有識者会議のホームページに記載されており参照されたい。
今回は、「新型コロナウイルス抗体検査機利用者協議会」のご厚意で、当院ではキットと定量検査の両方を680人に行うことが可能になった。
第2波に備えるきっかけに
検査結果の概要は以下の通りだった。
IgGに関して、キットで陽性であった58名のうち、定量検査で陽性であったのはそのうち6名(定量検査のカットオフは10 AU/mlとしている。カットオフに関する議論は協議会ホームページ参照)であった。
キットで陰性であった残りの622名のうち、定量検査で陽性(カットオフ以上)は誰もいなかった。
キットでIgG陽性で定量で陰性の52名は、その多くが0~10 AU/mlの間に分布していた。
IgMに関して、キット陽性であった52名のうち、定量検査でそのうち2名が10 AU/ml以上であったが、IgG陰性であった。
キットで陰性であった残りの628名のうち、定量検査で陽性者は誰もいなかった。
定量検査によるIgGの陽性割合は、医療従事者の0.88%であったことになる。
今回の簡易キットの結果は、定量検査で適切なカットオフを置くと、○を×ということはあるけれど、×を○ということは少なそうであるという印象を受けた。
キット陰性、定量検査陽性者がゼロだった。
院内では、この結果を周知し、各部門長が話し合うことで、検査の限界・特性を理解し、職員に対するコロナ対策への注意喚起を図った。
簡易法で、IgM陽性者が多く見つかった際には大変だったが、良い点もあった。
実際に病院自体の新型コロナへの対策喚起は強く行われた。PCR検査については自院で対応可能となった。クラスターが明らかに発生していない状況で、職員の勤務停止や、配置換え、患者さんへのケアを検討できたことは、病院だけでなく介護施設でも大きな訓練となり、スタッフの知識アップにつながった。
今回の出来事が、スタッフの目の色を変え、病院や介護施設が第2波に備えるための1つのきっかけとなったことは確かである。
得られた教訓
さて、ここまでが当院が経験した結果であるが、今回のことから我々が得た教訓を紹介したい。
根本的な問題の1つは、不顕性感染者だけをポジコン(positive control)とした感度と、絶対に感染していない方をネガコン(negative control)とした特異度を、我々はどの検査に対しても十分に把握できていないことである。
これは、キットによる定性検査だけではなく、定量検査にも当てはまる。
ほとんどの検査方法は、病院でPCR陽性、実際に肺炎となって入院をしたような方をポジコンとして、PCR陰性の方をネガコンとして感度と特異度を計算している。病院に肺炎で入院するような方の抗体価は非常に高くなることが経験上知られており(今回の定量検査であれば、平均100 AU/ml程度となる)、定量検査のカットオフを10 AU/mlに設定すれば、day15あたりで重症者は必然的に全症例でその数値を上回り、感度は100%と示されてしまう。ほとんど症状がないがPCR陽性の人の血清を調べないと、不顕性感染の精度評価が十分に出来ない。
もしかしたら、本稿の読者は、キットの陽性の多くが偽陽性であり、定量検査陽性が真の陽性であると感じるかもしれないが、それを証明する根拠は十分にない。
今回の定量検査のカットオフは10 AU/mlと置いているが、5-10 AU/mlあたりでは感染がないということを言い切ることは出来ない。
もしかしたら、キットの方が不顕性感染という意味では、よりしっかり陽性者をひろっている可能性もある。
その一方で、10 AU/mlを超えていた人でも、下記に述べる「SARSCov1」との交差などの理由のため、偽陽性の可能性がゼロではない。簡易キットの抗体検査の意味がないという決定を下す前に、このような精査を粘り強く進めていく必要がある。
このような状況のため、現状で市中の不顕性感染率を調べる目的でキットを用いる場合、1つの検査による「絶対値」には大きな意味がないと私は考えている。キットや検査法が異なる場合の結果の差は上述の通りである。
同じ方法で異なる場所を比較する場合、または有効なコントロールを置く場合には何らかの意味があるかもしれないが、その場合でも絶対値が正しいことを示さない。絶対値だけで陽性者○○%であり、全住民に当てはめると○○人が感染していた可能性があるといったような計算は非常に現状では丁寧に扱う必要がある。
またネガコンに関して、コロナが流行っていなかった時期の血清を利用できるのが理想的である。そのため、今回のコロナが流行った2020年以前の血清を用いた検査の精度確認が必須である。
もちろんその当時に新型コロナが存在しなかったことを証明はできないし、新型コロナに近い何者かがいた可能性も否定できない。
加えて、風邪コロナとの交差は抑えられても、今回の定量検査ではSARSCov1やコウモリのコロナとは少し交差反応があることが分かっている。
しかし、少なくとも現在の血清を用いた特異度の推定よりは重要な情報を与えるだろう。
その意味で、厚生労働省が行った2019年の血清を用いたキットの精度比較は大切な試みだった。日赤の協力が必要であるし、今の日本であればこの対象を広げることを、直ぐに行うことが出来ると信じている。
技術面の課題
現状は様々な簡易型のキットが使用されている。それぞれのキットにおいてノイズを下げる試みが必要である。何らかの他の検査を組み合わせるような作業を行わないと、そのキットが不顕性感染に対して、感度を優先し特異度を犠牲にしているようなキットなのか、はたまたその逆なのか、判断ができない。
それに加えて、次のような技術面の問題を指摘しておきたい。
第1に、新型コロナには複数の抗原があることである。
新型コロナの抗体として、中和抗体の可能性のあるS抗原と、N抗原のどちらかがが、検査に用いられている。協議会の定量測定では、N抗原とS抗原の両者を加えて定量がされている。S抗原だけ、N抗原の別々の測定も定量で、6月中旬から協議会で行われる予定である。
今回の定量検査のカットオフは協議会にて出来るだけ特異度を高める側の値を設定していると私自身は認識している。
感度100%で特異度100%の検査がないことはご承知の通りである。
検査の意味がないと決めつけるのではなく、重要なのは、その検査の特性を知り、何の目的のために検査をするのかを定めて、現状の目的に組み込んでいく作業である。
第2に、IgMの偽陽性の問題である。
特定のキットによる抗体検査では、特にIgMに関して偽陽性を見つける可能性がある。もし簡易キットでIgMが陽性になったような場合でも、それが偽陽性であることを最初から断定できない。
病院や老人ホームで簡易抗体検査を行った場合、リスク管理上、PCR検査を組み合わせて行う必要が生じる。逆にその体制を整えた状態で行わないと混乱は大きい。
そこで、IgMの結果だけで、判定を行わないといった判断が必要になる。
筆者の理解では、現状IgMの利用は感度・特異度両方の面から簡易キットでの評価は厳しく、IgGの検討に集中する方が得策であろう。
第3に、簡易キットで抗体陽性となった被験者への心のダメージもあることには注意が必要である。
実際に、抗体陽性だった医療従事者の1人は、私がもし感染していたのなら、誰かにうつしていた可能性がある、と強く落ち込み、PCR結果がでて、職場復帰となるまで全く眠れなかったと打ち明けてくれた。
検査同意書に、
「偽陽性の可能性があること」
「世界保健機関(WHO)は、新型コロナ感染症に現在罹患しているかどうかの診断目的に抗体迅速検査を実施することを推奨していないこと」
「今回の抗体検査の対象者となった医療従事者の検査結果が陽性となった場合であっても、雇用上の不利益とならないよう適切な対応を行う」
といった文言を含め、こまめな対応を心がけたが、十分すぎることはない。
抗体検査は何の役に立つのか?
現状では、抗体の定量検査は、2週間経てば、ほぼ100%の感染者が陽性になることが示されている。感染者が集積している地域では、陽性率が意味を持つであろう。
だが、抗体検査はSARSとも交差反応があり、風邪コロナとの交差反応の比率も十分調査されていない。感染者が少ない地域では、ノイズがどの程度あるかの調査が引き続き重要である。この点でノイズが高い簡易キットは疫学調査には向いていない。
現状の中で、抗体検査の意味付けは丁寧な総合判定が必須である。
流行があった地域では、抗体保有率の異なる地域による比較は出来るかもしれないが、それでもまだ意味付けは、慎重に行う必要がある。
定量法で、IgGとIgMの併用によるカットオフをうまく設定すれば、症状のあった人の病態を理解するのに重症化の早期予測や、ウィルスの遷延する患者さんの発見に有用性が報告されている。そうした臨床判断は、単一の数値で判断するのでなく、症状や、PCR、抗原検査と総合的に判定する必要がある。
また現状では、ノイズの多いIgMの測定は、単独では評価が難しい。定量検査でも、IgGとIgMの両方が高値の場合は、PCRや抗原検査が推奨され、さらに症状も含めて総合判定が必須である。
抗体が中和抗体であるかといった検討は必須である。現状ではS抗原の中の、さらに細胞に感染するのに必須な受容体との結合を阻害できれば中和活性を持つことが知られている。
ワクチンも中和抗体を作ることを目標としているので、その評価にも重要である。
しかし、中和抗体ができても、血液中の濃度が十分でなければ、コロナにかからない、または重症化が防げるかの効果は変わってくる。個々の方が、どの程度のウィルス量に暴露されるかで、効果は変わってくる。
抗体で中和する場合、ウィルス暴露量が増えれば、中和は当然難しくなる。ワクチンが一般的に繰り返し接種を必要とするのは、抗体の量または血中濃度が効果に大きく関わるからである。逆にそれが分かれば有用性も増すだろう。
当院では抗体検査は職員の士気の向上や状況の理解という点で有効だった。
また、IgGの定量結果がやや高めの方の行動パターンをお聞きすることで、今後の対策の強化すべきポイントを1つ決めることが出来たことも付け加えておく。
まだまだ新型コロナの抗体検査は途上であるが、S抗原に対する抗体医薬品がウイルスの中和活性が報告されるなど、毎週各国から様々な報告が出され、急速に診断、治療上の役割が明らかになっている。
それらを吟味しながら、現状に最も役立つ使い方、方向性が徐々に定まるのだろう。
このような取り組みを多くの地域で行い、少しずつ分かっていることを積み重ねて知見を得ることが今後も必要である。
この文章が、今後の対策のために何か役に立つものとなることを願ってここに記す。(2020年5月31日)
【COI:筆者は今回の定量検査の会社やどの抗体キットを作成している会社からの金銭の授受はありません】
(本記事は「MRIC」メールマガジン2020年6月2日配信Vol.115よりの転載です)