川上高司(拓殖大学海外事情研究所所長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
独裁か民主主義か
佐藤 それは思想戦でもありますね。中国は、選挙で選ばれていない特定のエリートが、強権を発動し、監視を徹底して、事態を収拾せんとしている。我々についてくれば間違いないという一種のパターナリズム(父権主義)です。一方、アメリカを代表とする民主主義国は、いざという時には国民の底力を結集して、自由の力と愛国心で困難を乗り切ろうとする。
川上 独裁国家と民主主義国家の戦いが再び現れたと言えますね。これまでの歴史では、独裁国家が自由民主主義国家に敗れてきた。しかし、コロナへの対処では、民主主義国家より独裁国家の方が優位にあります。そうなるとWHOが中国の影響下にあるように、今まで民主主義陣営が作り上げてきた国連をはじめとする国際システム、国際法がひっくり返ってしまい、独裁国家が仕切り直すという事態が出てくるかもしれない。
佐藤 そうです。また今回、国家・国境の機能が非常に大きいということも再認識されましたね。グローバリゼーションで国境の壁が越えられたと思っていたわけですが、実はそうではなかった。
川上 国境を取り払ったはずのEUがそれぞれの国に引きこもり始めた。EUは難民で傷つき、金融で傷つき、そして今回コロナで傷ついた。感染爆発初期のイタリアには、国境管理を厳しくして援助しませんでした。その時点ではEUは事実上崩壊しているように見えました。
佐藤 これは欧州だけの問題にとどまりません。欧州が混乱すると、彼らを旧宗主国に戴くアフリカ諸国が放って置かれることになります。特にサハラ砂漠以南のアフリカ諸国では、南アフリカ共和国以外、感染者数がきちんと報告されていない。アフリカは大丈夫と見るのか、あるいは検査もされず統計も取れない状態にあると見るべきなのか。
川上 後者でしょうね。
佐藤 感染で大勢が死んでも、例えば、生き残った人たちでアラーのために戦うという事態が生じかねない。イスラム主義が先鋭化し、豊富な資源と結びつくと、「イスラム国」(IS)みたいな勢力ができ上がります。
川上 旧宗主国が機能不全になっているという点から考えると、南米もそうです。これから世界各地で「力の真空」が生まれてきます。そこに入り込もうとしているのが中国です。アフリカでも南米でも、以前から援助を通じて影響力を強めてきました。
佐藤 そこはすごく怖いですね。
川上 同時に今後、国と国との格差がものすごく広がります。ファースト国、セカンド国、サード国という言い方があります。ファースト国はアメリカやイギリス、中国、ロシアですね。セカンド国は、その周辺につながっている日本や韓国で、サード国はアフリカや中南米の国々です。今回のコロナ禍で、一部のファースト国が抜きん出て、もうセカンド国、サード国はついていけなくなる。国内でも国外でも富める者だけが生き残る傾向が顕著になってくる。
佐藤 こうした中で、日本の進むべき道はどこにあるのでしょう。
川上 日本にはパワー・オブ・バランス(力の均衡)外交が必要になってくると思います。かつてプロイセンのビスマルクが、フランスが脅威にならぬよう各国と同盟を結んで欧州の安定化を図ったように、イギリスを引き入れたり、ロシアやイスラエルの力を借りたりしながら、カウンターチャイナの枠組を作っていかないと生き残れないでしょう。
佐藤 新帝国主義的な時代になってくるということですね。完全に同意します。今回のコロナ禍は、日本を長い平和のまどろみから目を覚まさせる側面がある。考えてみれば、かつてB-29の空襲に対して防空壕で息を潜めていたのが、いまコロナウイルスに罹らないよう家の中にいる。まさに戦時下の日々を送っているわけです。
川上 我々も含めて、日本は戦争がわからない世代がほとんどで、そこに起きた未曾有の事態です。今こそ国民も指導者も目を覚まさないといけない。でもこれはもう前から議論されていることでもあります。生前の福田恆存氏が、こうおっしゃっていた。日本は一回、ロシアに占領されて民主主義を強制的に取り上げられないと、国民が目覚めないのじゃないかと。
佐藤 坂口安吾の『堕落論』みたいな話ですね。
川上 そこまで悲観的でないにしても、政治、経済、国際関係面だけでなく、民主主義の危機でもあります。単にコロナ禍を終息させるだけでなく、国際社会で独立した国家として生き残っていくためには、国民が戦時下の認識を持ち総力体制で臨んでいかなければならないと思います。
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