川上高司(拓殖大学海外事情研究所所長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
アメリカの凋落
川上 戦時下の日本としては、三つの局面を考えながら対処していく必要があると思います。フェーズ1は、新型コロナウイルスとの戦いで、これはどれだけ感染を抑え、死亡者の数を減らせるかで勝敗が決まります。次にフェーズ2は、経済戦争です。すでに世界的な景気後退が明らかで、これから世界恐慌につながる可能性が十分にある。
佐藤 日本はロックダウンはせずに感染拡大阻止と経済との両立を図ろうとしています。日本にはいい意味での大政翼賛会的な国民性があって、かつては天皇でしたが、今は民主的な手続きで選ばれた総理大臣を、自粛という形で自発的に支持していく。そこは前向きに見ています。
川上 そうですね。ただ影響は数カ月続くし、経済活動を再開しても平常に戻るには時間がかかる。だからいち早く感染を終息させた国が有利になります。いまは中国や韓国が一歩も二歩も先んじている。
佐藤 これは国際関係の位相にも大きな影響を与えます。
川上 おっしゃる通りで、フェーズ3は、パンデミックが終わった後の国際的な覇権争いです。その最大の焦点は、アメリカがどこまで落ちていくのかです。
佐藤 外出制限をかけても、感染者数が140万人を超え、死者も8万人ですからね。
川上 このまま際限なく転がり落ちていったらどうなるのか。中国はいろいろな問題があるにせよ、5月22日に全国人民代表大会が開かれますし、早い時期にテイクオフすると思うんですね。でもアメリカは、終息の時期も見えないし、ましてや経済の回復は相当先になるでしょう。
佐藤 そこで問題を難しくするのは、コロナ以前から大文字の「アメリカ」がなくなっていることです。トランプのアメリカもあれば、国務省のアメリカもあるし、CIAのアメリカも、ペンタゴンのアメリカもある。でもそれぞれ考えていることが違います。トランプ大統領は場当たり的な発言をしますし、選挙もあります。アメリカが発信する政策が非常に曖昧になっている。
川上 トランプ大統領は段階的な経済活動再開の指針を出しましたが、どう見てもいま経済回復に舵を切るのは早いですよ。
佐藤 私もそう思います。
川上 仮に1年後、ワクチンができて感染拡大が終息したら、アメリカが非常に弱体化していて、巨大な中国がさらにパワーアップして立ち現れるという事態が十分考えられます。
佐藤 半年ならまだ国際秩序はこのまま保たれると思いますが、1年となったら相当に国家間の力関係が変わりますね。
川上 そうすると、コロナ後の安全保障体制をいかに作るかという問題が出てきます。これまでは日米安保が有効でしたが、アメリカが凋落してしまったら、どうなるのか。いま中国が対米軍事ラインとして設定している九州から沖縄、台湾と伸びる第1列島線には、自衛隊が展開して地対艦、地対空ミサイルなどを配備し守りを固めています。でも米軍が撤退したら堂々と中国艦隊はそこを通過して太平洋に出ていきますよ。そうした状況下では、日本は中国の強い影響を受けざるを得ない。いわば台湾のような存在になる可能性があります。
佐藤 中国は最近、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルを目の敵にしています。4月2日に面白い論考が載っていました。同紙の調査だと、中国政府の声明や国営メディアの報道、現地企業の発表を合わせると、3月中の2週間で中国政府、企業、慈善団体から2600万枚以上のマスク、230万セットの検査キットが計89カ国に寄贈されている。そしてこれはコロナ以前からの戦略に基づいたもので、特にイタリアが標的だと書いてある。
川上 一帯一路の重点国ですからね。
佐藤 この記事で、アメリカのシンクタンク「ドイツ・マーシャル基金」のEU・中国関係の専門家アンドリュー・スモール氏が、「私は基本的に、今回の危機が始まった時点で、中国は勝利に向けたプロパガンダ戦争に入っていたと考えています」と語っています。日本のマスメディアは、苦しい中、マスクを贈ってくれてありがとう、みたいな美談にしてしまいますが、国益が反映しないような人道援助はないと、突き放して見ているわけです。
川上 中国は以前から日本で水源地や軍事的な重要地点を買ったりしていますが、コロナ不況下でさらに多くの不動産や企業を手中に収めていくことが考えられます。また日本の技術者を大量に中国企業が受け入れていくこともあるでしょう。こうした中国の「援助」への対策を十分考えておく必要があります。
佐藤 米中の関税をめぐる経済戦争が始まってから、中国は日本に接近してきましたが、日本国内で米中の見えない戦争が繰り広げられるようになる。
川上 その通りです。
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