村上春樹さんDJ「村上RADIO」緊急特別版の総指揮者が明かす「コロナ禍の奇跡」

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山中伸弥教授からの一生のお願い

 そして、誕生日を迎えたリスナーには(実はかくなる僕もこの時期の生まれなのだが)、「コロナ・ウイルスのせいで、みんなに祝福されるというのもむずかしいだろうし、美味しいものもなかなか食べにいけないし、プレゼントもそんなにもらえないかもしれない。僕がバースデー・ソングをプレゼントします」とジェームズ・テイラーの妹、ケイト・テイラーの歌う“Happy Birthday Sweet Darling”を流し、「お誕生日おめでとう。You're a little bit older now.――君は少しだけ歳を取ったんだね」

 番組も終わりに差し掛かったころ、村上さんはリスナーに語りかけた。

「コロナとの戦いは戦争のようなものだという言い方をする政治家がいます。でも僕はそういうたとえは正しくないと思う。ウイルスとの戦いは、善と悪、敵と味方の対立じゃなくて、僕らがどれだけ知恵を絞って、協力し合い、助け合い、それぞれをうまく保っていけるかという試練の場です。殺し合うための力の戦いではなく、生かし合うための知恵の戦いです。敵意や憎しみはそこでは不要なものです。簡単に戦争にはたとえてほしくない。そうですよね?」

 このメッセージに、Twitterなどですぐさま共感の意見が溢れ、AP通信から海外に打電され、国内の全国紙でも取り上げられた。ラジオから語りかけられたメッセージが瞬時に広がった瞬間だった。

 番組では、新型コロナ問題で発信を続ける京大iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんからもメールが寄せられた。村上さんのマラソン仲間で、昨年のイベント「村上JAM」に夫婦でいらっしゃり、突然の指名にもかかわらずステージに上がって、村上さんと絶妙のトークを展開してくださった先生である。

「一生のお願いです。僕にもラジオネームを付けてください」との懇願(!)に、「山中伸弥先生、ラジオネームで一生のお願いなんてしていいんですか?」と苦笑しながら村上さんが付けたラジオネームは……「AB型の伊勢海老」!

「(コロナ禍の)こういう時にはどこかにアースが必要なんですね」と長年村上春樹さんを担当している編集者のTさんが言った。「音楽もジョークも同じかもしれない」

 なるほど、放電ということか――。

 ラストの曲「世界は愛を求めている」を紹介しながら、村上さんがマイクに向かう。

「マスクとワクチンが広く行き渡っても、もし愛や思いやりが足りなければ、コロナが終わったあとの世界は、きっとぎすぎすした味気ない場所になってしまうでしょう。愛って、大事です」

「愛」という言葉が輝くのは小説や音楽だからこそだ。ライブの演奏を聴き、書店で本を選び、バーで好きな映画や芝居について語るのは、やはり楽しい。「新しい日常」とは、ITを駆使することではなく、村上さんがかけるレコードのように、あるいは久しぶりに万年筆とインクで字を書いてみるように、あるいは夜の静寂(しじま)の中でラジオを聴くように、「日常を再発見すること」なのではなかろうか。

延江浩
1958年東京生。慶応義塾大学文学部卒。TOKYO FMゼネラルプロデューサー。作家。小説現代新人賞。主な著書に『アタシはジュース』(集英社文庫)、『いつか晴れるかな 大鹿村騒動記』(ポプラ文庫)、『愛国とノーサイド』(講談社)、企画・編纂として『井上陽水英訳詞集』(ロバート キャンベル著/講談社)。ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月31日掲載

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