ロシアのスパイが日本でやっていること ソフトバンク機密漏洩事件でとんずら
ソフトバンクの元社員から社内機密を漏洩させた容疑で、警視庁公安部は5月22日、在日ロシア通商代表部のアントン・カリーニン元代表代理(52)を書類送検した。もっとも本人は出頭要請に応じぬまま、2月にロシアへ帰国している。
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今年1月、不正競争防止法違反の疑いで逮捕された元社員は、ソフトバンクで機密情報を扱う統括的な立場で、サーバーへのアクセス権限もあった。昨年2月、ソフトバンクのサーバーにアクセスし、営業秘密となっている情報を取得した。ロシア側に渡したとされる情報は、電話の基地局など通信設備工事をする際の作業手順書で、顧客の個人情報や通信の秘密に関わる情報は含まれていないという。
内偵を続けていた警視庁は、昨年12月にソフトバンクを家宅捜査。元社員から機密情報を受け取ったカリーニン容疑者は、数年前から飲食接待を繰り返していた。さらに、3年前に帰国した通商代表部の別の職員も事件に関与していたと言われている。
一方ロシア大使館は、この事件についてFacebookでこう反論している。
《欧米で流行しているロシアに対するスパイ妄想狂に日本が仲間入りしたのは遺憾だ》
スパイに憧れたプーチン大統領
「旧ソ連が崩壊して、日本へのスパイ工作がかなり減ったのではないかと思われがちですが、冷戦時代と同じような活動を続けていますね」
と解説するのは、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏。
「今回の事件では、ロシア側は通信ネットワークの最先端技術だけでなく、元社員を使ってソフトバンクのネットワークへバックドア(サーバーに仕掛けられた裏の侵入経路)を作らせるのが目的だった可能性があります。つまりネットワークへのハッキングですよ。その工作の途中で摘発されたということでしょう」
事件は、氷山の一角だという。
「ロシアの諜報機関は2つあって、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)とKGBの流れをくむロシア対外情報庁(SVR)です。GRUは軍事関係のスパイを行い、SVRは企業の機密情報を収集しています。今度の事件は、SVRということになりますね。冷戦時代は、大使館員、通商代表部の職員、特派員にスパイがいました。現在は、特派員の中にはスパイはいないようです」(同)
KGBには、かつてプーチン大統領が所属していた。彼は少年時代、フランスが製作したゾルゲの映画を観てスパイに憧れ、KGBに入ったとされる。なお、ゾルゲ事件の首謀者、リヒャルト・ゾルゲは、1933年から1941年まで日本で諜報団を組織しスパイ工作を行った人物。1944年に処刑されるも、ロシアでは英雄視されている。ソ連崩壊後も、ロシア駐日大使が多磨霊園にあるゾルゲの墓に参るのが慣行となっている。
ロシアによるスパイ事件の摘発は、旧ソ連の崩壊以後9件ある。いくつか列挙してみよう。
「黒羽・ウドヴィン事件」(1997年)~SVRに所属するアジア系ロシア人の男が、1965年に福島県で失踪した歯科技工士の黒羽一郎さんになりすまし、30年以上に渡ってスパイ活動を続けた。日本人女性と結婚し、貿易商を装って頻繁に海外に渡航していた。警視庁公安部は97年7月、東京都練馬区の自宅を家宅捜索するも、すでに出国していて行方不明のため、書類送検した。
「ボガチョンコフ事件」(2000年)~在日ロシア大使館駐在武官のボガチョンコフ海軍大佐が海上自衛隊三等海佐に接近。防衛研究所の組織図などの内部資料や秘密指定文書を入手した。2000年9月7日、東京・浜松町のバーで、三等海佐がボガチョンコフに書類を渡したところを捜査員が身柄を確保。三等海佐は逮捕され、ボガチョンコフは任意同行に応じず、2日後に帰国した。
「サベリエフ事件」(2005年)~在日ロシア通商代表部員、サベリエフが2004年9月頃から05年5月頃にかけて、東芝子会社の社員から半導体関連の機密情報を入手。約100万円が支払われた。2人が出会ったのは幕張の電気機器の展示会だった。彼はイタリア人コンサルタントの「バッハ」と名乗り、社員に接近した。「東芝のLANに入りたい」という要求に、社員は居酒屋にノートパソコンを持参。言われるままにコピーさせていた。
「ボガチョンコフ海軍大佐は、GRUに所属していました。海上自衛隊三等海佐には難病の子どもがいたので、ボガチョンコフは子どもにお土産を持って行くなど、こまめに面倒をみて三等海佐に取り入りました」(同)
どのスパイも手口は同じという。
「最初は、企業の勉強会や展示会などで会社員に接近し、名刺交換します。それから食事に誘い、だんだんと仲良くなっていく。記者がネタ元を作るときの手口と同じですよ。社員と仲良くなると、今度はホームパーティーやバーベキューパーティーなどに招いて、関係を深めます。そして、社員に機密文書ではない資料をなにげなく要求するのです。資料を入手すると、謝礼として1万円とか2万円を手渡します。ここでお金を受け取ったら、スパイの術中にはまったも同然です。何度かお金を渡した後、本命の機密文書を要求するのです。そこで断ったら、これまで金を渡していたことをばらすぞ、と脅かされます。もっとも、こういうケースは稀で、何度かお金を受け取った人は、スパイの言いなりになることがほとんどですね」(同)
公安当局は、ロシアのスパイをどこまで把握しているのか。
「公安は、SVRとGRUのファイルを持っています。ロシアに帰国したカリーニン元代表代理の後任が、いずれ来日します。彼がSVRかGRUに所属していたら、公安の尾行が始まります」(同)