コロナ禍で加速…映画やドラマの「新作を楽しみにする人」が減りつつある理由

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 かつてはレンタルビデオ店、最近まではレンタルDVD店に習慣的に通っていた映画好きな人はたくさんいたと思う。

 このコロナ渦までは私もその一人だった。週末の夜など、仕事で飲んだ後、帰宅途中にあるレンタルDVDに立ち寄り新作をチェックしては「明日はのんびり何を観ようかな……」などと迷うことが楽しみだった。

 5年前、「Netflix」や「Amazonプライム・ビデオ」がサービスを開始し、時折いろいろと話題にはなっていたので気にはなっていたものの、自分ではそのサービスに入る気がしなかった。

 理由は「だって動画配信って、新作乏しいんだろ?」。その一点だった。「劇場→DVD→配信」の順番でその時の新作を観ることができるというイメージは多くの人に長いこと共有され、劇場に行かなかった人で“なる早”で新作を観たいという多くの人はDVDレンタルを続けていたのだと思う。

 最近、動画配信サービスにもオリジナル映画があったり、そうした作品がアカデミー賞にノミネートされてみたりなど、状況は随分と変わった。

 さらに、今年に入ってからはコロナによる世界的な自粛が進む中で、動画配信サービスの勢いはさらに拡大している。

 映画・映像エンタテイメントに特化したマーケティングデータ分析・レポート提供を行うGEM Partners株式会社が今年2月に発表したレポートでは、「定額制動画配信(SVOD)」市場規模を2,158億円と推計。「定額制動画配信(SVOD)」「レンタル型動画配信(TVOD)」「動画配信販売(EST)」を合わせた2019年の動画配信市場全体の規模を推計すると、前年比22・4%増の2,692億円となった。

 最近何かと話題に事欠かない「Netflix」が4月21日発表した第1四半期の有料契約者数は、世界全体で1577万人増加。計1億8290万人となり、増加数は自社予想(700万人)の2倍を超えた。

 映画・映像エンタテイメントに特化したマーケティングデータ分析・レポート提供を行うICT総研による「外出自粛要請後の巣ごもりITサービス利用動向調査」のWebアンケート調査(調査期間2020年4月17日~4月21日/回答者数3988)に「新型コロナウイルスの影響で自宅にいる時間が増える中で、自宅でどのジャンルのITサービスを利用する機会が増えたか」という質問がある。“最も利用が増加したジャンル”の1位は「動画配信サービス」(利用率 34・0%)だった。

 ちなみに“最も利用が増加したジャンル”2位は「ECサイト」(利用率 21・4%)、3位は、「Web会議」(利用率 14・2%)となる。

 この世界的自粛の流れの中で動画視聴習慣は国内外を問わず、飛躍的に増大した。

 映画館は開いていない。レンタル店に行くことすら億劫だ。となれば、「動画配信で映画を観るか」となるのは、当然といえば当然の流れだろう。

 私自身もこの自粛の中で長きに渡るDVDレンタルを止めていたので、試しに「Amazonプライム・ビデオ」のサービスを遅まきながら申し込んだ。

 5月上旬、見始めたころは「出張で泊まったホテルの夜は暇だし、映画かドラマでも観るか」くらいの感じで大したサービスではないと高を括っていたが、「今自分が選べる映画やドラマは数万作品以上、目の前にあるのだ」という実感がじわっと湧いてきてからは、何かしらの映画やドラマを毎晩観るようになった。

 そうこうしているうちに、あることに気づいた。

 好きな監督や俳優の作品を選ぶ。何となく見逃した作品を選ぶ。一度観たことはあるけれどまた観たいと思う作品を選ぶ。新しいおもちゃを与えられた子どものように、次から次へと映画を選んでは観る中で、かつては自分の中に強烈にあったはずの「新作を観たい」という欲がかなり減ってしまったことに、ふと気づいた。

 映画館に足を運ぶ時、わざわざ「リバイバル作品」を観に行くというのは、その作品によほど強い思い入れがある時だけだろう。「旧作」を狙ってレンタルDVD屋に行く人はかなり時間に余裕のある人かよほどの映画好きな人だけだろう。

 しかし、どっぷりと動画配信サービスを享受している今の自分には、昔のドラマや映画を観ることが全く気にならなくなりつつあるのだ。

 このことは、コロナ以降のテレビ視聴習慣の変化とも関係しているように思える。

 コロナ以降、ドラマ、バラエティなど、ロケを行ったりするものはほとんどが再放送だったり、再編集したものばかりになっている。バラエティはリモートでトークする新しい形式に挑戦したりしているから、まだやりようがあるのかもしれない。

 ドラマの中にも、この5月30日から始まる「リモートドラマ Living」(NHK)という15分×4本のオムニバスの新作リモートドラマなどの例があるものの、あくまで「新しい試み」であって、多くの連続ドラマは4月以降撮影再開のメドが立たないことから、放送予定が立たないものがほとんどだ。結果的に、ドラマ枠は現在も主流は「特別編」という形の再放送となる。4月改編できちんと始まった数少ない民放連ドラ「SUITS/スーツ2」も結局、2回の放送をした後、休止になっている

 こんな状況だから、撮影ができないこともドラマが再放送ばかりになることも止むを得ない。その結果、放送局もそうだろうが、制作会社などは本当に厳しい状況に追い込まれている。

 この状況自体も極めて深刻だ。しかし、さらに深刻で恐ろしいこととは「視聴者がそうしたことに慣れてしまうこと」「新作がないことが気にならなくなること」なのではないのかと思う。

 去年までなら「何か新しくておもしろいドラマやっていないのかなあ?」とチャンネルを変えては探していたけれど、最近は「今はコロナだものな。どのチャンネルを回したところで新しいものを見るのは無理だよな」ということが腑に落ちてくると、「見逃した作品」「一度観たことはあるけれどまた観たいと思う作品」を選び、それを観て満足するようになっていく。

 私の例で言えば、再放送されているNHK「腐女子、うっかりゲイに告る。」や日テレ「野ブタ。をプロデュース」やTBS「逃げ恥」を今観てもとてもおもしろいので、ついつい時間があれば観ている。

 そうした視聴習慣に満足し始めているように自分自身でも感じるのだ。

 こうした今のテレビの視聴習慣の変化は、動画配信サービスで映画を選ぶ基準として「新作だから……」という理由が希薄になりつつあることとリンクし、さらにそうした視聴習慣を強化するような相乗効果を生み出しているのだと思う。

「その作品が新作なのかそうでないのかということは、さして重要ではない」という感覚が続けば、おそらく最終的には「別に新作なんかなくてもいいや」という感覚にも繋がっていく。このことは制作関係者にとってだけではなく、文化全体にとっても危険なことではないのか。

「withコロナ」、「afterコロナ」の新しい価値観や新しいライフスタイルの模索がいろいろな形で始まっている。5月4日、政府のコロナ対策専門家会議は「新しい生活様式」という言葉を掲げて提言をした。

 全ては“コロナ以前”には戻らないだろう。しかし、何でもかんでも「afterコロナはそれ以前とは異なる」という価値観を全身で受け入れる必要もない。

“新作なんていいや”という「新しい視聴様式」など、蔓延しないことを願う。

尾崎尚之(@YuuyakeBangohan)/編集者

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月28日掲載

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