なぜ「28歳力士」の命は救えなかったのか「全自動PCR検査」を増やせない謎

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 勝負の世界において“たられば”は禁句である。だが、28歳の力士の死を巡っては、どうしてもこう考えざるを得ないのだ。彼がもっと早くPCR検査を受けられていたら、と。

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 高田川部屋の力士、勝武士(しょうぶし)(本名・末武清孝)さんが多臓器不全で死去したのは今月13日のことだ。

 相撲担当記者によれば、

「勝武士さんは4月4日頃に38度台の高熱に見舞われ、4日後に血痰が出たことで入院。転院先の病院でPCR検査を受け、陽性と判明したのは10日でした」

 勝武士さんには糖尿病の持病があったが、発熱から陽性発覚に至るまで1週間を要している。急逝した女優の岡江久美子もPCR検査の遅れが命取りになった。

 浜松医療センター院長補佐の矢野邦夫氏は、症状がないのに、不安に駆られてPCR検査を受けることには否定的ながら、

「重症化のリスクが高い、持病のある方や高齢者に症状が出たら、PCR検査を受けた方がいい。そうした方々まで検査できないのはおかしいと思います」

 では、持病があり、明らかにコロナを疑わせる症状のあった年若い力士の命はなぜ救えなかったのか。

 ふじみの救急クリニックの鹿野晃院長によれば、

「4月上旬には、さいたま市の保健所長が“病院が溢れるのが嫌で条件を厳しめにしていた”と発言して物議を醸しました。そうした考え方から検査体制が“目詰まり”したのは事実。また、後に撤回された“37・5度以上の熱が4日以上続く”という条件もよくなかった。肺炎に罹っても体温が36度台の高齢者は珍しくありません。私の病院では“帰国者・接触者外来”に指定された3月26日以降、自覚症状のある希望者へのPCR検査を進めてきました。安倍総理もPCR検査を拡充する方針を示した以上、“1日2万件”と言わず、諸外国並みの10万~20万件を目指すべきだと思います」

新型インフルでも

 そこで導入が急がれるのが全自動PCR検査である。検体を採取した後の、“ウイルス遺伝子を抽出し、増幅させて検出する”プロセスが全自動となる。検体の取り違えなども起こりづらく正確性も増すという。

 厚労省から承認を得たスイス・ロシュ社製の最新検査機は、24時間で最大4千人分の検体を調べられる。日本企業のプレシジョン・システム・サイエンス社の検査機も、まもなく承認申請を行う予定だ。同社の田中英樹取締役総務部長が解説する。

「うちのシステムでは2時間弱で陽性かどうかを判断できます。1台で8検体まで調べられ、価格は800万円ほどです」

 同社のシステムはすでにフランスの医療現場で活躍しており、その功績で同国の駐日大使から礼状も届いた。だが、日本での導入にはまだハードルがあるようだ。日本医科大特任教授の北村義浩氏が言う。

「日本で検査機械を使用するには、厚労省所管の医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認が必要です。しかし、PMDAの認可基準は非常に厳しく、同時に申請のプロセスも複雑で時間がかかります。また、経済的に余裕のない研究機関や大学が1台1千万円近い検査機を購入するのも難しい。現状を考慮すれば、いち早く承認して、国が補助金を出してでも導入を急ぐべきです」

 実は、2009年に始まった新型インフルエンザの流行時にも、PCR検査が用いられたという。

「新型と旧型を判別する方法がPCR検査しかなかった。その時も検査体制の拡充が叫ばれましたが、幸いどちらの型にもタミフルが効果的と分かり、対策は講じられませんでした。あの時、真剣に取り組んでいれば今回の対応も大きく変わっていたはずです」(同)

 救える筈の命を救うシステムの構築は何より急務である。

週刊新潮 2020年5月28日号掲載

特集「『コロナ』虚飾の王冠」より

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