「アフターコロナ」で独り勝ち中国「個人データ共産主義」の脅威

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 中国経済が凄まじい勢いでバウンスバックしている。旧に復するのではなく、インターネットを中心にした新しい経済に一気にシフトした。

 さらに新型コロナウイルスにおいても、感染拡大の震源地である中国は、スマホやドローンを駆使した「超監視社会」で、見えない敵をねじ伏せようとし、それなりの成果を上げた。

 今や中国では「個人のデータは国に預けた方が安全」という「データ共産主義」が確立しつつある。常にプライバシーの壁に阻まれる自由主義国家は、今のところ「紅いハイテク国家」に対抗する術を持たない。

「史上最強のライブコマース」

 4月20日、中国のテレビは陜西省を視察した習近平国家主席の姿を映し出した。同省の小さな村を訪れた習主席は、木耳(キクラゲ)の販売促進のため、「ライブコマース」の準備作業を進める研修センターの村民たちの話に耳を傾け、最先端のインターネット・マーケティングであるライブコマースを後押しする姿勢をアピールした。

 ライブコマースは新型コロナの感染拡大中に、中国で急速に人気を高めた新たなマーケティング手法だ。早い話がテレビショッピングのスマホ版だが、テレビと違うのは、動画の画面が商品の注文、電子決済に紐付いており、いちいち電話をかけなくてもワンクリックで商品が買えるところにある。

 演出もテレビショッピングとは一味違う。大手スマホメーカー「小米科技(シャオミ)」の雷軍・会長兼CEO(最高経営責任者)など、著名な経営者が自社の商品を手にとって懸命にアピールする。日本で言えば、「ファーストリテイリング」の柳井正・会長兼社長が、「ユニクロ」を売り込むようなものだ。

 経営者だけではない。各省の知事もこぞってライブコマースに登場し、地域の特産品の売り込みに余念がない。普段はしかめっ面の知事が、手揉みして肉まんを売る姿に感動した利用者は、「健気だ」「頑張れ」とコメントを書き込み、「投げ銭」(電子マネーのチップ)を飛ばす。

 冒頭の習主席の視察は、ネット上で「史上最強のライブコマース」と呼ばれ、翌日には8万パック、12.2トンのキクラゲが瞬く間に完売した。

 動画を楽しみ、「投げ銭感覚」で商品を買う。動画配信の「YouTube(ユーチューブ)」とEC(電子商取引)の「アマゾン・ドット・コム」を足して2で割ったライブコマースは、巣ごもりで暇を持てあました消費者に大いに受け、市場規模はコロナ自粛の間に1兆5000億円を大きく超えた。

米国の3倍、日本の14倍

 本流であるECの勢いはもっとすごい。今や中国では、家も車もネットで買う時代だ。

 4月16日には電気自動車(EV)の米「テスラ」が「アリババグループ」のネットショップ「天猫(Tモール)」上に、第三者のプラットフォームとしては中国初の公式旗艦店を開店したことを発表した。Tモールで販売するのは、内装品、高機能ペダル、スマホ急速充電コードなど付属品で、EV本体はテスラのサイトで販売するが、Tモールでも試乗予約ができる。

 テスラは上海のギガファクトリーで廉価版EVの「モデル3」を生産しており、付属品をTモールで販売することで、メンテナンスから付属品の販売まで、同社のEVを利用している期間は、すべての取引をオンラインで完結させる。物理的な「ディーラー」は不要になるわけだ。

 新型コロナ感染拡大の発端となった中国では、4000人を超える死者を出し、震源地の武漢を76日間に渡って封鎖した。日本よりはるかに甚大な被害が出ているが、中国のネット消費は怯む気配がない。

 新型コロナが猛威を振るっていた3月8日。Tモールは「国際女性デー」にちなんで「3・8女王祭り」と呼ぶ、10億元(約152億円)の利益還元セールを実施した。これに合わせて、Tモールのオンライン店舗の90%が経営を再開した。Tモールによると、今年の参加店舗は昨年の2倍、販売商品の量は、60%増になったという。テコ入れ策が功を奏し、どん底のはずの3月のTモールの売上高は前年同月を10%上回った。

 日本との大きな違いは、事業者のマインドが前を向いていることだ。政府の補償などあてにできない中国の中小零細企業は、危機の時ほどがむしゃらに頑張る。広東省のアパレルメーカーはメディアの取材に対し、

 「在庫を早く処分して資金を回収し、次の段階に投入したい」

 と語った。

 2019年の「独身の日」(11月11日)、Tモールは1日で2680億元(約4兆1000億円、384億ドル)を売り上げた。前年の2135億元(約3兆3000億円)を大幅に上回る。経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」によると、18年の中国のEC市場は、160兆円に達した。米国の3倍、日本の14倍の規模である。

コロナを追い風に爆発的成長

 中国のインターネット人口は9億人とされ、米国、EU、日本の合計に匹敵する。2020年には2億人増え、11億人に達するという予測もある。巨大市場では日々、細胞分裂が起きており、ライブコマースのような新しいサービスが次々と生まれる。

 ネットショッピングの「Tモール」とオークションサイトの「淘宝網(タオバオ)」を抱え、電子決済の「アリペイ」を持つアリババグループの株価(ニューヨーク証券取引市場)は、コロナ禍で230ドル台から170ドル台まで値を下げたが、4月に入ると210ドル台まで戻した。株式時価総額は5826億ドル(約63兆円)。「トヨタ自動車」の3倍で、「フェイスブック」に次ぐ世界7位(4月末時点)につけている。

 2020年3月期決算で1兆3646億円の巨額赤字を計上した「ソフトバンクグループ(SBG)」が信用不安を起こさないのは、このアリババ株を29%保有しているからだ。米シェアオフィスの「WeWork(ウィーワーク)」、インドのホテルチェーン「OYO(オヨ)」などで巨額の投資損失を出したSBGは、アリババ株の一部を売って1兆2500億円を調達した(『ソフトバンク「巨額赤字」招いた孫正義「若き3起業家」への溺愛』2020年4月21日参照)。

 爆発的に成長しているのはアリババだけではない。米調査会社「センサー・タワー」によると、「北京字節跳動科技(バイトダンス)」が運営する動画アプリ「抖音(ティックトック)」の2月の世界ダウンロード数は、前年同月のほぼ2倍の1億1300万件に達し、フェイスブックの「ワッツアップメッセンジャー」「インスタグラム」といった米国勢を抑えて首位に立った。特に、インドやブラジルでの伸びが顕著だ。未上場ながら企業価値は5000億人民元(約7兆6000億円)と評価されている。バイトダンスは冒頭のライブコマースの有力なプラットフォームにもなりつつある。

 スマホゲームに強い「騰訊控股(テンセント・ホールディングス)」も巣ごもり消費の恩恵を受けた。5月13日発表の2020年1~3月期決算は売上高が前年同期比26%増の1080億7000万元(約1兆6300億円)、純利益は同6%増の289億元(約4360億円)に達した。スマホゲームの「王者栄耀(オナー・オブ・キングス)」は世界中でファンを獲得し、2億ダウンロードを突破している。

 テンセントは5月に入ってから、カナダのコーヒーチェーンの「ティムホートンズ」やオーストラリアのフィンテック企業「アフターペイ」に出資しており、ゲーム以外でも海外進出を加速している。

 アリババ、テンセント、バイトダンス。新型コロナすら追い風にして隆盛を極める中国ネット大手は、ただネット上でモノやサービスを売っているだけではなく、実は中国の社会システムに深く組み込まれている。

すべて「監視」

 4月8日にロックダウンを解除した中国・武漢市。テレビのニュースは、駅や空港を訪れる人々が、入り口で係員にスマホを提示している様子が映し出された。

 係員が確認しているのは「アリペイ健康コード」。アリババグループの電子決済サービスアリペイが、2月に導入を開始したコロナ対策アプリだ。

 アプリを立ち上げるとQRコードが示され、「緑」なら自由に移動できるが、「黄」は1週間、「赤」は2週間の自宅待機が求められる。駅、空港やオフィスビルに入る際にコードの提示を求められ、QRコードなしには出歩くこともままならない。

 利用者はアプリに自分の健康状態を自己申告するが、アリペイは位置情報と紐付いているため、その人がどこへ行き、誰と一緒にいて、何にお金を使ったかが、リアルタイムで把握できる。感染の可能性がある人物が近づくと、警告が鳴る機能もある。

 中国での主要都市では地下鉄の利用も予約制になっており、車両に乗り込む前にQRコードの読み込みを求められる。誰が何時何分にどの町のどの路線で、どの車両に乗っていたかまで、すべて「監視」されており、感染者が見つかれば、その人物が乗っていた車両に同乗した人すべてのコードが、瞬時に黄や赤に変わる。

 『ニューヨーク・タイムズ』は、

 〈この位置情報とユーザーのIDが、アリペイのサーバーに送信され、警察当局と共有されているようだ〉

 と推測する。「完璧な監視」である。

 またアリババはTモール、タオバオ、アリペイの利用状況から、利用者の行動履歴を集め、1人1人の「信用スコア」を算定する。「芝麻(ジーマ)信用」と呼ばれるサービスだ。スコアは、商品の代金を期日通りに支払ったり、フリーマーケットに出品した商品をきちんと相手に届けたりすると上昇し、支払いが滞ったり、ソーシャルメディアで不穏当な発言を繰り返したりすると低下する。

 日本から見ると「監視システム」にしか思えないが、アリババは銀行口座を開けず、クレジットカードを持てない低所得層でも、ジーマ信用のスコアが一定以上ならローンのサービスを提供する。信用を獲得するため人々は喜んで自分のデータを差し出すのだ。

 新型コロナの深刻な局面で、中国の人々は「データを差し出すことが身の安全につながる」ことを学習した。そのため、個人データを国が管理する「データ共産主義」の威信は大いに高まったと言える。

 米欧でも「アップル」と「グーグル」が感染防止アプリの開発で手を結ぶ動きがある。しかし、データ収集には「利用者の同意」が必要で、データを国のサーバーで一括管理することも許されない。「個人の自由」が足かせになってしまう。

 ウイルスの感染拡大防止といった「公益」と「個人の自由」のバランスをどう取るか。
米欧や日本が議論をしている間にも、中国ではアリババやテンセントの主導で、「明るく楽しいデータ共産主義」が確立されていく。

 膨大なデータが集まることで中国のAI(人工知能)は飛躍的に進化し、社会はスマートになる。規制を受けないアリババ、テンセントが、GAFA(ガーファ=グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を抜き去るのは時間の問題かもしれない。
 

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。

Foresight 2020年5月26日掲載

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