山田吉彦(東海大学海洋学部教授)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
海から北方領土を考える
佐藤 私は外務省時代、北方領土問題に長らく関わってきました。山田先生はこの問題に新しい視点を持ちこまれた。それは北方領土問題をシーレーン(海上交通路)の問題としてとらえ直したことです。
山田 もちろん領土問題ではありますが、海から見ると、もっと大きな面積の話になりますから。
佐藤 ロシア人は非常にエゴイスティックなところがあって、実は地球温暖化について歓迎しています。温暖化によってシベリアや北極周辺のツンドラ地帯の開発が可能になる。それと同時に、北極海の氷が溶けることで、北極海航路が通年、利用可能になります。
山田 そこは重要なポイントです。
佐藤 ウラジオストックから津軽海峡を抜けていくなら、北方領土の海域が非常に重要になってきます。ロシアから外洋に出るには、その津軽海峡か、宗谷海峡か、対馬海峡しかありません。
山田 おっしゃる通りで、日本は非常に重要な海域に影響力を持っています。だからロシアが極東地域の発展を考えるなら、日本との良好な関係は不可欠です。これから進んでいく北極海航路にしても、シベリアのガス田開発にしても、日本との連携なくしては考えられないでしょう。
佐藤 エリツィンと1993年に結んだ東京宣言が封印されましたから、北方領土問題は今、1956年の日ソ共同宣言に従って、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しというところからスタートしています。4島のうち択捉島周辺は水が冷たすぎていい魚がいないのですが、歯舞、色丹周辺は漁業資源が非常に豊富です。だから鈴木宗男さんは、2島返還でも大きな意味があると言いますが、私はだからこそ、ロシアはタダでは返さないと思います。日ソ共同宣言の段階では排他的経済水域(EEZ)という概念は存在しませんでした。それを持ち出し、漁業権益をめぐる熾烈な戦いが起きるのではないかと案じています。
山田 それまで暫定的な措置法があったとはいえ、EEZが明記された国連海洋法条約が発効したのは1994年です。そこをどう判断していくかは非常に難しい。ただその海域には生活の糧となる水産資源が豊富にあり、一方で日本側の海はかなり枯渇し始めている。ですから両国で海を保護して、将来にわたって水産資源を確保できるよう、陸より先に海のルールを明確にしていくことが重要だと考えています。
佐藤 それは重要な指摘ですね。まず海から始める。
山田 漁業資源交渉は目先のことではなく、将来を見据えて交渉していかなければなりません。日本には、それで明らかに失敗したケースがあるんです。日韓漁業協定です。
佐藤 日本海は竹島問題もあり、権利関係が非常に複雑です。
山田 国連海洋法条約で最大200カイリのEEZが認められると、日韓両国で隣接する漁業管理水域を確定する必要に迫られ、漁業交渉が進められました。1998年に小渕政権と金大中大統領で日韓共同宣言が出されますが、この時、日韓漁業協定が作られました。これは共同宣言の引き出物みたいなもので、日本の海域での操業を韓国に認めるなど、大幅に日本が譲歩した内容になっている。だから2016年を最後に日韓漁業共同委員会が停止し、日本のEEZ内の韓国漁船の漁業は禁止していますが、これまでの韓国漁船の乱獲は目に余るものがありました。
佐藤 韓国も、中国も、ルールをどんどん曖昧にして、日本の海域に入ってきてしまう。
山田 中国は北朝鮮から漁業権を買い、日本海に1500隻くらいの中国漁船を入れています。韓国も中国も漁業資源の維持という考え方がなく、日本のEEZにも入り込んで獲れるだけ獲ってしまいますから、どんどん魚がいなくなります。それに比べると、ロシアの方がきちんと交渉できる気がします。
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